残響 後篇

 暑さが厳しさを増していくと、どこかしら弱い者から順に体力や精神力を奪われていく。
そして規則正しく、そういう者から順に死んでいくのだった。
彼らの仲間は一人、二人と目に見えて減っていった。

高杉はより寡黙になり、それに比例するように戦場では情け容赦のない闘いぶりを見せるようになった。
桂は高杉の変化には目をつぶり、その熾烈さをただ讃えたし、銀時は、痛ましいものでも見るような目で高杉を見ていた。
その銀時はお得意の軽口も少なくなり、戦闘の時以外は空をじっと見つめて過ごすことが多くなっていった。
その先にあるものに気付かないふりをして、桂は銀時にただ微笑みかけたし、高杉は小さく悪態をついた。
桂自身は、そんな二人をただ見守ることしか出来ない自分に嫌気が差し始めていたが、高杉も銀時も、そんな桂をどうしてやることも出来ないことに焦れていた。
彼らは、負の連鎖のただ中にあった。
それでも、彼らは生き続けていた。
三人は、表面上は今まで通り寄り添いながらも、心の内では段々とそれぞれの殻に閉じこもるようになった。
まるで、孵化するのを拒む未成熟の生き物のように。

そうして、あの日、いつにも増して蒸せかえるような暑さの中で、高杉は片方の眼を失ったのだ。
桂は、地面から炎のような揺らめきが沸き上がる中で、銀時は、流れる汗でしょぼつく目でその光景をはっきりと見た。
銀時は桂を叱咤し、バランスを保てなくなった高杉を二人して庇いながら、渾身の力で敵を薙ぎ倒しつづけた。
汗と血にまみれ、腐臭にも似たすえた臭いを纏いながらも戦いを続ける銀時と桂の姿は、高杉の血塗られた視界ですら凄絶に見えた。
それほどまでに、彼らは走り回り、刀を振るい、斬って、斬って、斬り続けた。

そうするうちに、彼らの思考の中に紅の斑紋が現れ始め、それらはやがて徐々に広がり始めたが、彼らはそれを止める術を持たなかった。
そうして、彼らの内面は侵されつくされた。
ただ、あるのは紅の一色。

無音の耳障りさで我に返った桂は、すぐに高杉の手当をしようとその姿を探した。
見つけたその姿に安堵し、よろよろと、それでも能う限りの速さで側に駆け寄った。
高杉は座り込み、すっかり固まって頬にこびりついている血を左手の爪でボロボロ剥がしていたが、桂に気付くと、その動きを制するように右手を勢いよく突き出してきた。
「おめぇが見るようなもんじゃねぇ、桂」
かつて聞いたこともないような優しい声音でそれだけを言うと、高杉はその場に昏倒した。
「銀時!」
頽れた高杉ではなく銀時の名を絶叫すると、桂は高杉の体を抱き起こしてそっと抱きしめた。
「銀時!銀時!」
高杉を何とかしてやらねばと逸る桂は、懸命に銀時の名を呼んだ。
繰り返し、繰り返し。
力の限り。
母を呼ぶ赤子のように、その声は切なく辺りに谺した。
だが、銀時は現れない。
声も聞こえない。
「銀…時…?」

信じられない思いでようやく高杉から視線を外した桂が目にしたのは、累々と横たわる死屍のみ。
見渡す限り、動いているものは何一つとしてなかった。
銀時は消えた。
死んだのか、あの死屍の中に彼はいたのか?
それとも…?
否、そうではないと桂は確信していた。
銀時は行ってしまったのだ、と。
この修羅のような此岸から、ひょっとしたら彼岸を求めて…唯一人。

予感はあった。
覚悟もしていた。
だが、なぜ、「今」なのか。
今でなくてはならなかったのか。
桂は、それが知りたかった。
そうして、ただ、暑かった。

暑さと喪失感から、ここが依然として戦場であることを百も承知の上で、桂は具足を脱いだ。
風はそよとも吹かない。
なのに、なぜか桂には、吹くはずのない風にのって銀時の声が聞こえてきたような気がした。
「暑かったんだよ、ヅラ。暑くて暑くて、おれぁなにも考えられなくなっちまった」
確かにそう言う銀時の声が届いたはずの桂の耳には、だが、ひぐらしの鳴き声がだけが寂しげに響いているのだった。


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