恋愛とはなにか それは非常に恥ずかしいものである 後篇

とりあえず、桂がきっちり誤解してくれてたらしいことには安堵した。けれど、”でぇと”に関してはごく軽く言及したものの、肝心の桂の気持ちについては華麗にスルー 。次いで心配されたのが己の腹具合という現実に銀時は頭を抱え始めた。この三日の間、桂の心情をあれやこれやと想像しては一喜一憂を繰り返してきたが、ここにきて、微塵も嫉妬されていないかもしれないという可能性が一番濃厚なことに気付かされたのだ。
しかも桂ときたら、淡々と、銀時が(現実にはいもしない恋人に)愛想をつかされないようにとの的外れなアドバイスまでくれる有り様。あげく、打ちのめされ、混乱しながらもどうにかして自分の欲しい言葉を桂から引き出そうと躍起になって誘導している銀時の言葉を 、見事に明後日の方に解釈していく。

なんなの、こいつ。傷つきもせず、腹も立てずですかこのやろー!普通、おれが愛想つかされた方がよくね?(おれとしてはその方が好もしいのだが)なんて可愛い話にはどうあってもならないわけですかそーですか、この莫迦ヅラ!ああ、もう! おめえの辞書には嫉妬とか、ジェラシーとかって文字はないんですかと小一時間問い詰めてぇよ!

「おまえさあ、なんかない訳?」と遠回しに訊けば、うまい棒を差し出されようとするし、もう少しわかりやすく”寂しい的な”の言葉を入れて問い直しても「おれが?どうして?」と返される。さも不思議そうに、だ! 銀時としては徐々に話を具体的な方に詰めていこうとするのだが、桂からは一向にはかばかしい反応が得られない。

「だぁかぁらぁ、おれに恋人ができたと思って、おめぇはなんとも感じねぇのーって聞いてんだよ!」
遠回しに察してもらうーというのは桂に対して有効ではないと、半ば以上自棄になって悟った銀時は直球勝負に出た。

もうこの際だ、体裁なんて構ってられねぇ。
こっちは手の内全部晒したんだかんな!さぁ、正直なところ答えてもらおうじゃねぇの、ヅラ君。

「やっと以前のように話ができるようになってすぐだから、さすがに寂しくないと言えば嘘になる」
歯医者の待合室にいる以上に緊張しつつ、待ちに待って得た答えがそれ。
そして、これ。
「でも、あの時と違っておれは平気だぞ? おまえが突然いなくなって、生きているのかも死んでいるのかも判らなかった日々のことを思えば、なんということはない。おまえはこれからもっと幸せになってくれるだろうし、おれも陰ながらその幸せを見守ることができる。生きてさえいればな。 だから、おれは充分幸せだよ。おまえが幸せになることで、おれをも幸せな気持ちにしてくれることだろうよ、ありがたい」

あー、莫迦莫迦莫迦、おれの莫迦!ヅラも莫迦だけどおれも莫迦!こいつがどんだけ莫迦かって知ってたはずなのに!
自分の幸せよりおれですか、そうですか。それはそれで有り難ぇことなんだろうけど、おれの望んでることとはちょいと違うっつーか、相当ズレてるんですけど。 大体おめぇのいないおれの幸せってどんなのよ?今更おめぇなしでおれが幸せになれるなんて、本気で思ってたりする訳?

かみ合わない会話の果て、とどめとばかりに
「よりを戻したければこんなところで油を売らず、すぐに誠心誠意謝ることだ。土下座でも何でもして、とりあえず許して貰えるまで謝り続けろ。急げ、銀時。ことは急を要するぞ!」
真顔で進言されて、銀時はやっと桂が更に誤解を重ねていることに気付いた。
どうやら、銀時の現彼女(そもそもただの依頼人なのだが)に、銀時が別の誰かと浮気したことを告白して厄介なことになっている、と思い込んでいるらしい。

おれのこと、どんだけいい加減な奴だと思ってんだよ。おまえと元鞘早々浮気して、更に浮気を重ねるような奴なんですね、おれは!

最初、浮気をしたと思い込ませてほくそ笑んでいたのは確かに自分であった。だから、一人目の誤解はいい、てかむしろ誤解してもらえなかったらそれはそれで寂しかったとすら思う。が、更に別件の浮気まで 抱え込んでいるという誤解は許せない。我ながら理不尽で勝手な奴だとわかっていても嫌なものは嫌だ。
しかも、直情的な銀時としては、浮気という行為を許せること自体あり得ないのに、桂ときたら本命の浮気相手(ああ、ややこしい!)との仲を修復させようとしているのだから不可思議すぎる。 それだけでなく、あっけらかんと二度目の別れをにおわせてもいて銀時の理解をはるかに超えている。

ひょっとして……。
嫌な汗が背中を流れた。
もとより桂の想いとは齟齬があったとしたら?よりを戻せたと思っていたのは銀時だけだったとしたら? こんな時にすらあくまで銀時の幸せを優先させようとしている桂の、銀時への想いは疑うべくもないが、それがあくまでも幼馴染みとしての深い友情でしかないのだとしたら……?

暢気に甘い夢想に耽溺してい数日前の天にも昇る気持ちが一転、気がつけば目の前に地獄の釜がぽっかり開いていた……そんな心細さと恐怖のただ中に、独りきりでいるような心持ちを銀時は味わっていた。
嘘だろ、おい。勘弁してくれよ。

ーぶっちゃけ、銀時は自分でもかなり脆いと自覚している。白夜叉と呼ばれ、自他ともに認める圧倒的な強さを誇っていたあの頃でさえ、精神的には決して強いほうではなかったのだ。況や、たまに切った張ったの大立ち回りを演じる羽目になることはあっても、基本、ぬるい日常に浸りきっている今となっては。
それでも、そんな銀時が、今の度ばかりは起死回生の攻撃に移ることが出来たのは、ひとえに、攘夷から身を引くことにより桂を手放すことになった喪失感と、紅桜の一件で、桂を今度こそ永久に奪われたかもしれないという恐怖感を二度と味わいたくないからに他ならなかった。

もうあんな思いをさせられんのはごめんだ!
嫉妬されてようがされてまいが、そんなちっぽけなこたぁもうどうでもいい。
こいつをこんどこそキッチリ取り戻す!

恐怖のあまり、今ではすっかり初心を忘れた銀時は、独りよがりな目標を定めて暴走を始めた。桂の誤解の元を解くというより粉砕し、納得させるというより思い知らせるため、未だ的外れなことを言いつのる桂を、無理矢理連れ込み宿に押し込んで寝台に放り込んだ。
伝家の宝刀、否、馬鹿の一つ覚え的な最終手段。昔から、桂相手に追い詰められたときはとりあえず寝技に持ち込んで有耶無耶にしてしまうのが銀時の常套手段。 かつて馴らされ切ったその悪習慣を思い出したらしい桂が焦り始めたときには、銀時は既に桂の帯を解くのに専心していた。

「ちょっ、ま、待て銀時!」
常なら、諦めて流されて不承不承、銀時の好きなようにさせてくれるばかりだった桂。なのに、今は銀時の暴挙に抵抗しつつ、本当に銀時がすべきことについて切々と訴え続けている。 それらがどれ程見当違いであっても、銀時の求める情愛とどれ程異なっていても、そこには銀時の幸せを願う桂の実が籠もっていた。困惑した瞳の色や声音にさえも。

あー、もう、こいつは!

あまりに真っ直ぐな善意を向けられては、さすがの銀時ですら罪悪感を感じようというもの。
手を止めはしないまでも、それでも、自分の蒔いた種が思うように生長しなかったからといって苗を責めるのは筋違いだと、銀時は遅ればせながらに気がついた。そのまま愛でてやるか、いっそ自分で刈り取るべきなのだと。 思うような反応をしてくれなかったからと桂を責めてどうする?それが桂の偽らざる本心だというなら、銀時は受け止めるしかないのだ。

「嘘だよ」
正直にたまたまの状況を利用した邪な思いつきを白状した。はじめはぽかんと銀時の話を聞いていた桂から徐々に怒りのオーラが立ち上るのに肝を冷やしながら、本音も吐いた。誤解を招きながら放置したばかりか、それを助長するような態度を 咎められ、その理由にはキレられた。
ついさっきまで桂に信用されていないとふて腐れていたはずの銀時が、今や同じ理由で桂にネチネチと責められている。どちらも己の自業自得であるからひたすら耳が痛い。
それでも―
叱られて、そして許された。これまでと同じように。そう、いつものように。

最後には、本当に欲しかった言葉ももらえた。

「本当に相手を想い、その幸せを願うなら、いつでも身をひく覚悟ぐらいしておくものだぞ」
自分には到底真似できずとも、これが桂の真心なのだ。
それを尽くされる希有な存在であることの歓びを噛みしめないでいられようか。
愛情でも友情でもいいじゃねぇか、こんだけ想ってもらえてんならーと。
誘われるように口づけた柔らかな感触に、そう思える余裕すらある。我ながら現金だが仕方がない。

千の言葉より万の言葉より、確かな証がここにあると、そう腕の中の温もりが告げていた。




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