「はじめての」

おれの”はじめて”は大抵ヅラが相手だ。
はじめて互いに名乗った同じ年頃の相手。
大抵のガキはおれをみてビビるか、ビビったことを悟られないように意図的に無視するか突っかかってくるかだったのに、ヅラだけはおれにごく普通に話しかけてきた。
むろん、そんなことははじめてだった。
はじめての友だち。
はじめて喧嘩したのも、謝ったのも謝られたのも、相手はこいつ。
そして多分、泣かしたのも。


今となっては何が原因だったかなんて覚えてねぇ。
多分、なにかつまらないことでおれとヅラは衝突し、あの夏、おれたちははじめての”絶交状態”となった。
それからはどんよりとした鈍色の空にも負けないくらい落ち込んだりもしてたけど(多分、そんなこともはじめてだったはず)、 ガキにはガキの矜恃ってもんがあって、やっぱりお互い意地の張り合いを続けてた。
どれくらいそうやってたっけか?
永遠にも続くかと思ったほど、長い長い間だったような気もするが、 せいぜいが三、四日程度のことだったんじゃね?
ヅラはともかく、ガキのおれがそんな我慢強い訳がねぇ。

確かあの日は塾も休みで、おれは朝からごろごろしてた。しばらくずっと雨続きで暇をもてあましてもいた。

「おやおやどうしました?今日はお休みなのですから、ゆっくりと眠っていてもいいんですよ。わたしも出かけてきますからね」
なんて、先生にも言われたりしたっけ。
ガキにとっちゃ、ゆっくりと眠っていていいなんて授業中に言われてこそ嬉しい言葉であって、せっかくの休みの日に眠って過ごすなんざ愚の骨頂。 外にはいろんな楽しいことがあるっていうのに。
魚釣りに、カエル釣り、虫取りもいい感じ。ま、雨さえ降ってなきゃだけどな。

あー、今日みたいな日にヅラと一緒でなくてよかったわ、おれ。
こんな雨の日は「書でも読もう!」とか言い出すに違いねぇんだ。
普段ずーっと読んでるくせに、まだ読み足りねぇのかってんだ。
マジで今日一人でよかったわ、うん。
せいせいする。

ー心底そう思ってるはずなのに、それでも、先生が出て行ってしまうと突然、空だけじゃなく部屋の中までが暗くなった。
その内、雨脚が強くなり雨の音までが大きくなってくると、段々と世界で自分だけが取り残されたような気になっていったっけ。
しまいには、こんなんだったらヅラのヅラの方が鬱陶しくなくね?って程度には寂しくなって。
けど、しばらくは我慢したはず、多分だけど。
仲直りするつもりも、当然、自分から謝るつもりもこれっぽっちもなかったけれど、それでも一人でいるよりは、 喧嘩しててもヅラといるほうがちょっとは……ほんのちょっとはマシってもんかもしれねぇな、なんて思い始めて。
気がついたときには、もうヅラの家に向かって走り出してた 。
途中、息が切れるのもお構いなしに走りに走って、やっと見慣れた門構えにたどりついた時は全身びしょ濡れになってたけど、そんなことよりホッとするやら嬉しいわで、思わず「ヅラ、いっかぁ!?」と叫んでた。
やべ、おれら喧嘩してたんだっけ。
そんなことを思い出しても後の祭り。
雨の音にも、おれが叫んだ声にも負けないくらいバカでかいヅラの返事が届いてきてた。
「銀時!」って。

銀時。
名前を呼ばれただけで、嬉しさで身体がいっぱいになるなんてこともそん時がはじめてで。
急に熱くなった頬をどうやって誤魔化そうかと焦ってたのに、桂ときたら、顔中でにこにこしながら飛び出して来やがった。
こいつにはかなわねぇ。
なんだかそう思ったことを覚えてる。

「ばか、ずぶ濡れになってんぞ!」
「ばかじゃない、桂だ。貴様こそ!」

そう言って笑い合って、喧嘩したことなんて有耶無耶になったのに、何故か桂が涙ぐんだ。
やっぱりまだ怒ってたかーと狼狽えてると、「今日、会えて本当に良かった」ポツリとそう言った桂。
そん時、人は悲しい時だけじゃなく、嬉しくても泣くもんなんだってはじめて知った。

その日はたまたま桂の誕生日だったようで、以来、あいつは後にも先にもあの日の誕生日が一番と思ってる節があって、 毎年、この時期になると焦れったいような、くすぐったいような感傷におれを浸らせて、むず痒い思いをさせてくれるのだ。

そして、今年も。



※次ページに「余談」という名の小話が置いてあります。マジで莫迦話ですがよろしければどうぞ。

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