あーあ、なんでこんな格好しなきゃなんねぇんだ?

真っ昼間なら絶対に御免だ。

今が夜なのだけがおれにとっての救いだ。


「おにいさん、寄ってかない?」


どう見ても薹の立っている女がセーラー服姿で声を掛けてくる。

けばい化粧が服装に合ってねぇ。

もっとも、ネオン街のこの時刻に本物のセーラー服姿が歩いてたらしょっ引くとこだがな。


「うるせぇ、おれはセーラー服なんか大嫌いなんだよ!」


じろりと睨んでやると、女はキャッと悲鳴を上げて逃げて言った。


おっといけねぇ、つい地が出ちまった。

気ぃつけねぇとな…。

しっかし、なんでおれがこんな羽目に…。


全てはセーラー服のせいだ!



「隻影」1



「なぁ、あんた…ヅラ子さん…なんでこの店なんだ?」

「ん?それはどういう意味だ?」


目の前の麗人は、長い睫に縁取られた大きな目をおれに真っ直ぐ向けて訊いた。

おれがこの店に足繁く通い始めてから随分になる。

さすがに慣れてくれたのか、最近ではそんなにぞんざいな扱いを受けなくなった。

好みの酒も分かってくれたようで、すっとタイミングよく目の前に差し出される回数も増えた。

お世辞にも居心地の良い店とはいえねぇが、それでもこの人がいる限り、おれは通い続けちまう。


「この手の店ならこの辺りに幾らでもあるじゃねぇか。なんでわざわざこんな…」そこまで言いかけておれはこっそりと周囲を見渡す。

この先を迂闊に続けると、ママの鉄拳を喰らう。

一度喰らったがとんでもねぇ破壊力で、二度と御免だ。


「ここはそんな給料はよくねぇだろ?」化け物揃い…とは言わず、体の良い言葉に言い換える。

要は、あんたほどの美形なら、こんな店じゃなくても売れっ子になって高給取りも夢じゃねぇだろうって話だ。

解ってくれねぇだろうけどよ。


「たまたまだ。ちょっとママといざこざを起こしてしまって強制的に働かされたのが縁でな」と微笑む。


おいおい、そりゃ物騒な話じゃねぇか。


「おれだけではないぞ、他にもそういう縁でこの店で働かされたものはいる」


その言い方で、おれには解る。あの万事屋のことに違いない。

おれがあいつの話を嫌がるのが解っているのかいないのか、桂…否、ヅラ子さんは店であの男の名を出すことはない。

けれど、話の節々にあの男の存在を感じることがあって、その度におれは酒量が増えてしまう。


「でも、もう強制されてねぇんだろ?だったらよ」

「ここだと具合が悪いのか?」


や、そうじゃねぇよ。

やっぱ解ってねぇな。

この人にゃ、ストレートに言っても解ってもらえねぇこともあるくれぇだから仕方ねぇ。


しかし、おれの言葉をどう受け止めたのか、「こういう類のよその店でも働いたことはあるぞ?」と言い出した。


「どことは教えられんが、ぴんちひったーとかいうので、臨時に借り出されたことはある」

「へぇ、そこはどんな雰囲気の店だったんだ?」


おれは少しばかり興味を引かれて訊いてみる。


「ここの倍くらいはあろうかという大きな店でな、人数も多いので驚いた。あれだけ大人数ならおれ一人居ようが居まいが全然関係なさそうだったので、不思議な心持ちだったぞ」


そりゃ、あれだ。

ピンチヒッターなんて大嘘で、高額でレンタルされただけじゃねぇのか、とおれは怪しむ。

何度も足を運ぶ内、ここのママとやらが結構やり手婆ァ(実はおっさんなんだが…)な事には気付いている。

店のナンバーワンをほいほい他所に貸すかよ。


「結構長く働く内に、気に入ってもらえたようで、ずっとその店で働かないかと誘っていただいたのだが…」


やっぱな。

ちょっと抜けてて無愛想でもこれだけ綺麗なんだ、ヘッドハンティングっつーかスカウトってやつか。

おかまの世界でもあんだなぁ。


「じゃ、何で断ったんだ?そんだけでかい店だったんなら条件とかはここよか良かったんじゃねぇのか?」

「うむ。それはな、驚くほど気前のよい話だったのだが…」

「なんだよ?セクハラでもされたのか?」

「そんなことしようものなら、その場で返り討ちにしてくれるわ!」


おいおい、物騒だな。


「じゃなにが気に入らなかったってーんだよ」

「こすぷれだ」

「はぁ?」

「知らんのか?こすちゅーむぷれいというやつだ。月に何度かそういうイベントがあってな、一度やらされたのだが、どうもおれの性には合わんかった」

「あんた、コスプレ嫌いなのか?」


意外だぜ。

以前キャプテンカツーラとか言ってたからちょいと調べてみたらまんまTVにまで出てやがった。

変梃な衣装で。

警察なめまくってるとしか思えねぇぜ。


「ものによるぞ。よりによってセーラー服を着せられたのだぞ、このおれが!」


セーラー服だと?

あまりのセンスに口に含んだ酒を吹きそうになった。

いくら綺麗でもこんな20をとっくにすぎた男に…セーラー服なんてあり得ねぇだろう…と思いながらも、頭の中ではこっそり着せてみる。

するとー意外にも滅茶苦茶美人の女子高生が現れて、一瞬、何か自分でも判らない空白の時が流 れた。


やばい、これはやばすぎる。

こんな…こんな…


「やべっ、萌えてきたんですけどぉ〜!!!」


どうやら突然トッシーが降臨したらしく、おれの記憶はそれっきり途絶えた。



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