「隻影」2



「もえ?」


目の前にいるとっても綺麗な人が小首を傾げている。

この人はヅラ子たんだ。

もう一人の僕が暇さえあればこの店に通っているから、よっく知っている。


「ヅラ子たん、きっと可愛かったんだろうなぁ〜、写メしたかったよ〜」

「ヅ、ヅラ子たん?」


ヅラ子たんはぽかんとした顔で僕を見ている。

その顔も萌え〜。


しばらく僕をじっと見ていたと思ったら、「…ああ、そう言えば聞いたことがあるな。それが例の貴様の病気なのか?」ぽんと手を打ってそう言った。

今時そんな古くさいリアクションをするところが、かえって新鮮で可愛い。


「病気とかじゃないでござるよ。拙者正真正銘、土方十四郎でござる」

「あ…ああ、そうか、そうだな、貴様も同じ土方なのだな」

「嬉しいでござるヅラ子たん!でも、僕のことはトッシーと呼んで欲しいかな」

「トッシー?トッシーというのか…」


ヅラ子たんは顎に手を置いて何かを考えはじめた。

真剣な表情も萌えるね。


「うむ、よいではないか、トッシー。可愛いぞ、トッシー」


ええええ、僕を可愛いって?

この可愛いヅラ子たんが今そう言ったよね?


「か、可愛い?」


余りのことにどもってしまう。

聞き違いなんかではありませんように、と僕はお祈りする。


「うむ。土方十四郎などという四角張った名前よりずっといいぞ」


そう言ってヅラ子たんは何度も頷いてくれる。


「嬉しいでござるぅ〜」


あんまり嬉しくて思わずしがみついたら、ヅラ子たんにいとも簡単に引きはがされて「トッシー、覚えておくのだぞ。この店ではホステスに触るのは厳禁だ。禁を破ると、あの怖いママにお仕置きされるぞ」とたしなめられてしまった。

ヅラ子さんが手で示す先には○斗の拳のラオウの如き強面のママ(?)が太い腕を組んでこちらを睨んでいる。


あわわ、命が幾つあっても足りないよ〜。

○ラゴンボールを7つ集めても蘇生出来そうにないよ!


「そう怯えずともよいぞ、大人しくさえしておればなにも怖いことなはいからな」 ヅラ子たんはそう言って、床の上にひっくり返っているグラスを下げると、「濡れてないか?大丈夫か?」と訊いてくれた。


どうやらさっきヅラ子たんに飛びついた時に僕がグラスを引っかけて床に落としてしまったらしい。


「大丈夫です…あの…すみませんでした…」

「気にするな、貴様は客だぞ」


そう言って、悄気る僕を力づけるように微笑んでくれる。

初めて見るその微笑みの威力は、○ョジョの奇妙な冒険の承太郎のおらおらの如し。

最強だ。


「ありがとう、ヅラ子たん」お返しに僕もにっこり微笑むと「貴様もそんな顔が出来るのだな」と言って、ヅラ子たんはまた嬉しそうに微笑んでくれた。


「だって、ヅラ子たんだけだよ、こんな風に僕に優しいのは。真選組のみんななんて、僕を変な目で見るんだ。もう一人の土方だって、僕のことが嫌いなんだ」

「なぜだ?同じ土方であろうが?」

「みんなは違うって言う。で、へたれたオタクだっていじめるんだよ〜」

「む。組織の中でいじめなどはあってはならん。真選組はなっとらん!」そう言って腕組みをするヅラ子たんのちょっと怒ったような顔もいい。


「みんなもヅラ子たんの100分の1でも優しかったらな〜。僕はまるで遊☆○☆王の武藤遊戯の如き目にあってるんだよ〜」

「そのむとう殿とやらのことは知らぬが、貴様が辛い思いをしているのは許せんな。こんなに大人しくて礼儀正しい若者なのに。偏見は良くない。今度、もう一人の土方に会うことがあったら強く言っておいてやろうな」そう言いながら、ヅラ子たんは僕の頭をそっと撫でてくれた。


ああ、今日はなんていい日だろう。

初めて僕に優しくしてくれる人とお話しできたし、微笑んでももらえた。

おまけにこんな風に撫でてもらえて……他にも…えっと、えーっと………あああっ!


「今日は、今日は何日でござる?何日の何時何分何秒?」


やばい、やばいかも…。

唐突な僕の質問に動じることもなく、ヅラ子たんは懐からさっと携帯を取り出すと、「22時38分14秒だ…15…16…17…」とカウントしながら教えてくれる。

あーマジでやばいよ。

確か土方氏は明日の早朝から見廻りだ。

BUTAYAに行く暇はない。

今日の内に「きまぐれ○レンジロード」を返却しないと拙いよ〜。

今からすぐ屯所に戻って、BUTAYAに走らないと!

延滞なんかしたら土方氏に殺される…多分…。


こんなに早くヅラ子たんとお別れするのは残念だけど、名残惜しいけど、後ろ髪引かれちゃうけど、でも、もう行かなくちゃ!



「ヅラ子たん、どうしても行かなくちゃならないところがあるので今日は帰るけど、またすぐ来てもいい?」僕は慌てて立ち上がりながらヅラ子たんに訊いた。


「うむ、いつでも来い。どこへ行くかは知らんが気を付けて行くのだぞ、トッシー」


ヅラ子たんからの嬉しいお返事を背中で聞きながら、僕は屯所まで駆けに駆けた。



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