「隻影」3
おれは昨日何やってたんだ?
気がついたらもう朝で、おれは昨日の着流し姿のまま屯所の自室に転がっていた。
布団も敷いてねぇ。
記憶を探ると、例の化け物屋敷でヅラ子さんと二人で話をしていたことをうっすら思い出した。
しかし、いつ屯所に戻ったのかの記憶がねぇ。
やべぇじゃねぇか。
こんなときは大抵あいつが出現してやがって…。
ぞわり。
トッシーの存在を思い出したおれは、ほぼ同時にもう一つのことを思い出した。
そうだ。
確か、ヅラ子さんがセーラー服のコスプレという話をした時に、頭の奥で「萌え」という言葉が浮かんできて…。
自分でも血の気が引くのがわかった。
ひょっとして、出たのか?
奴が?
こともあろうにヅラ子さんの前に出やがったのか?
なんでもいいから確証を得ようと周囲を見渡すと、見慣れたBUTAYAの袋があった。
実のところ手を触れるのも嫌だったが中身を確認すると、案の定美少女ものらしいアニメDVDが6枚も入ってやがった。
懐から財布を取り出してみると、かまっ娘倶楽部の領収書が確かにある。
金額と刻印された時刻を考えると、あの後すぐに店は出たらしい。
そうか、DVDの返却期限を思い出して速攻で店を出たんだな、と気付く。
GJじゃねぇかトッシー、よくやった。
褒美になんとか返却期限までにはこのDVDは全部見せてやるぜ。
だが、まだ気がかりは残る。
返却期限を思い出すまでの僅かな間に、あのへたれオタクが何かやらかしたりほざいたしてねぇ保証は、ない。
どうしようもない気まずさはあるものの、確認するにはまたあの店に行くしかねぇ。
「いらっしゃいませ」
夜、店に顔を出したおれの姿を見つけるや否や、あろうことかヅラ子さんから挨拶をしてくれた。
しかも気のせいでなければ少し微笑んでくれている?
おれはバクバクし始める心臓を宥めながら、平静さを装っていつものようにまずは軽い挨拶をする。
「よぉ、ヅラ子さん」
「…おまえは土方か?」
ヅラ子さんは不審そうにこちらを見て訊いてくる。
「あたりめぇだろう、見忘れるとはつれねぇな、こんなに通ってきてるってぇのに」
「…トッシーではないのだな?」
ト、ト、ト、トッシー?
おれが?
いや、確かにおれがトッシーなんだがよ!
「おれは土方だが?」
「そうか…トッシーかと思ったのだ」
そう言うと、ヅラ子さんは小さく唇を尖らせる。
それは可愛いけど、なんか納得いかねぇなぁ、おい!
まるでトッシーの方がよかったみてぇじゃねぇか!
「ひょっとして、あんた、トッシーを待ってたのか?」
「そうではない。が、またすぐ来ると言ってたのでな」
ヅラ子さんは口ではそう言うものの、やはりどこか少しがっかりしているようで、おれはトッシーを抹殺することをおれ自身に強く誓った。
席に着いてからもおれには面白くないことが続いた。
飲み物を出されるより先に、トッシーを寄って集っていじめるのは即刻止めろ、と真っ先に叱られた。
おまけに、真選組の他の連中はともかく本人が自分をいじめてどうするのだ、とあの綺麗な顔で睨まれもした。
無駄に整っている分、迫力があって結構おっかねぇ。
「ちょ…待ってくれよヅラ子さん、あんたあいつとどんな話したんだ?」
ヅラ子さんが言うには、あいつはみんなが自分のことをへたれたオタクと言っていじめるとか、おれがあいつを嫌っているとかいうことを愚痴ったらしい。
…トッシーの奴、余計なこと言いやがる。
「あいつは、妖刀の呪いがかかってできちまった別人格なんだ、おれじゃねぇ!」
「なんにしてもいじめはいかんだろうが、貴様等はそれでも警察官か?」
「どうせお尋ね者に説教されるような警察官だよ」
「全く…ああいえばこういう…。貴様こそトッシーの可愛い気を見習ったらどうだ」
「か、可愛い?」
やっぱりこの人の趣味は解らねぇ。
あのへたれオタクが可愛いだって?
「可愛いではないか。いきなり人に飛びついてきたり、悄気たりまるっきり子供みたいだったぞ」
思い出してどこか幸せそうに微笑むヅラ子さん。
なんか面白くねぇ。
にしてもトッシーの奴ヅラ子さんに飛びついたりしたのか、やっぱ抹殺だな。
「あいつは美少女もののアニメが大好きで、おれの知らない間にフィギュアを買い込んだりDVDを買ったり借りたりしてやがる軟弱な奴なんだぜ」
さすがに一方的に叱られては割に合わないので、おれも反撃を開始することにする。
「ふぃぎゅあとはなんだ?」
そういって小首を傾げて尋ねられる。
くそ、この仕種にゃとびきり弱ぇえ。
「おれもよくは知らねぇが、アニメやコミックの登場人物そっくりにつくられた人形だ」
「なんだと?よく知らないくせに批判するのか、貴様は!」
反応するのはそこかよ!
アニメの云々は不問なのかよ!
「だってよ………世間じゃそういうのはキモイってことになってんだよ」
「ふん、世間の反応で己を左右させるとは情けない。自分を確り保てんのか!」
おれにかかってんのは己を確り保てないような呪いで、おかげさまであんなのが棲み着いてんだよ、おれん中に。
「全く…。トッシーは大人しくて良い子ではないか。頭を撫でても嫌がらずにじっとしておるしな。銀時に爪の垢でも飲ませてやりたいくらいだ」
万事屋にそんなことしてぇのか、あんた。
あの白髪頭のどこがいいんだ?
しかし、頭を撫でられたことといい、飛びついたことといい、重ね重ねふてえ野郎だトッシーめ。
羨ましすぎるだろうが、ただのへたれオタク風情がぁ!
やっぱDVDは見せてやらねぇ!
そんなおれの決意も知らず、ヅラ子さんは「今度はまたトッシーで店に来てくれ。貴様、二度とトッシーをいじめると許さんから覚えておけ」なんて念を押してくる。
くそう!!散々じゃねぇか!
それでも、おれは性懲りもなくかまっ娘倶楽部へと通い続ける。
今夜もまた完璧なトッシーファッシに身を固めて。
途中、おれをへたれと思って因縁をつけてくる酔っぱらいどもは瞬殺、客の呼び込みもグラサンを外して目だけで殺す。
女も男も関係ねぇ、おれはかまっ子倶楽部のドアを開ける瞬間までは土方十四郎だからな。
「いらっしゃいませ」
ヅラ子さんがトッシースタイルのおれを見て微笑む。
「ヅ、ヅラ子たん、今晩は、でござる」
くそう、滅茶苦茶恥ずかしいじゃねぇかよ、おれ。
けどー
「よしよし、よく来たなトッシー」そう言ってこの人がおれの頭を撫でてくれるのだから、我慢しなきゃなんねぇ。
トッシーにだけいい思いをさせてなんかやりたくねぇ。
この優しい微笑みを見ることにこの上ない悦びを感じながらも、それでも、おれは時折思うのだ。
あの時、セーラー服の話になんかならなきゃこんな羽目にはならなかったのによ、と…。
セーラー服なんか大嫌いだ、と。
前話へ★目次へ