もしもこの世に 前篇



「お久しぶりです」
はて、こんな知り合いがいただろうか。
突然の訪問者たちを前に、些か慌て気味に記憶の糸を辿ってみる。昔から物覚えは良い方だ。だが。
「申し訳ないがー
得体の知れない相手とはいえ客は客。誰一人として思い出せない非礼を詫びようとしたら、先ほど挨拶をされた年嵩の娘に遮られた。いえ、はじめまして、ですね、と。
からかわれているのか。それともこの娘、どこかおかしいのかもしれぬ。だとすれば、この娘では話にならない。そう断じて、娘の隣に立つ、何故か切羽詰まった様子の青年に目を転じた。
彼は多分、おれの言わんとすることが解ったのだろう、「違うんです!」と叫ぶように訴えてきた。「いえ、一応はじめましてなんですけど、そうじゃないんです!」
ーやれやれ、こちらも同様か。では、多分この娘も。
おれは一番年若らしい娘の様子を伺った。随分と綺麗な顔立ちの娘なのに、気の毒なことだ。
「ヅラぁ、なんでそんな目でわたしを見るネ?」
「ヅ
「『ヅラじゃない、桂だ』そうですよね、桂さん」
彼は驚くおれをそのままに、不服そうな様子を見せている娘に向き直った。
「だめだよ神楽ちゃん。桂さんにはまだ記憶がないんだから」
これは、どういうことだ。
何故、初対面の娘たちに気安く話しかけられた挙げ句、今では殆ど知るものもない昔の(不本意な)渾名で呼ばれるのか。何故、彼はおれの言わんとしたことを知っていたのか。おれですら、もう何年もそんなことを口にした ことがなかったというのに。
なにより、おれに”まだ記憶がない”とは?
「だって、リーダーを忘れるなんてヅラのくせに生意気アル」
「だーかーら!ぼくたちのこと知らなくても仕方ないっつってんだろーが!」
「わたしをダ眼鏡と一緒にしないで欲しいアル。初対面でもちゃーんと覚えてるのが部下の務めネ」
「さっき思い出させてもらったばかりで、なんでそんな上から目線でものが言えんだよ、おまえは!」
「お二人とも落ち着いて下さい。わたしたちがここに来た目的をお忘れですか?」
口げんかを始めた二人を宥めようとした矢先、娘が先んじて二人を叱った。
彼女らの目的が何かは知らんが、落ち着けというのは同意だ。
「言いたいことがあるならさっさと言ってもらおう。気がすんだら帰ってくれ」
口げんかをピタリと止めた青年と神楽、と呼ばれた娘は顔を見合わせ、互いに頷くと、二人揃って真っ直ぐおれの方を見た。
「ヅラ……銀ちゃんを覚えてるネ?」
「銀さんとは幼馴染みだったんでしょ、桂さん」
「なぜ、その名を……
知っているーと続けようとしたが声にならなかった。
懐かしい名。15年も前に生き別れた竹馬の友の。
「わたしたちは銀時さまを取り戻したいんです」娘も付け加える。
「取り戻すもなにも、奴は」
「知ってます。攘夷戦争中に消えてしまったんですよね」
青年の言葉に辛い記憶が蘇る。
「そうだ。それを知ってるなら、奴を取り戻すなどというのが夢物語でしかないというのも理解できるな?」
「信じて貰えないでしょうけど、取り戻せるんです。てか、取り戻さなくっちゃ駄目なんです!」
「ああ、信じない。もうお引き取り願おう」
「お待ち下さい」
扉を閉じようとするのを、恐ろしい速さで押しとどめられた。押しても引いても、扉はびくともしない。なんだ、この娘は。
「どうかわたしたちの話を最後までお聞き下さい」
人間離れした怪力ぶりを一切面に出さないまま切に訴えられるが、そんな戯言につきあう義理はない。扉を閉めることは諦め、無言で背を向けた。
「桂さん!銀さんがどうして攘夷戦争中に姿を消したかご存じですか?」
逼迫した声が追いかけてきたが聞き流した。もうなにも聞きたくない。あの頃のことは思い出したくもない。
なのに。まざまざと当時のことが思い出されてしまう。彼女らの不用意な言葉のせいだ。本当に腹立たしい。

ある日、ふつりと銀時の姿が消えた。
どうせふらりと散歩にでも出かけたのだろうと、誰も大して気にもしていなかったのだが。
丸一日過ぎても、一週間がたっても、奴は戻らなかった。奴の帰りを待ち詫びながら、多くの同志たちが死んでいく間にも。
天人に殺されたのか、逃げたのか、それとも神隠しにでもあったのか。様々な憶測が乱れ飛んだが、戦の混乱の中で真相を究明することもままならず、以来、今日まで 行方は杳として知れないまま。
せめて生きてさえいてくれればと願う一方、生きているなら何故おれたちを置いて行ってしまったのかという怨嗟の炎が心の中でどす黒く渦巻いてもいる。そんな十五年を過ごしてきた。
何故、奴が消えたか知っているか、だと?
そんなこと、誰よりもこのおれが知りたいというのに!

「銀時さまは殺されたんです」
百歩譲ってそれが真実だとしても、なぜそれを貴様らが知っている!?
「誰に殺されたかのか知りたくないんですか、桂さん!?そして、その理由を!」
まだ言うか!
わめき散らしたいのを精一杯抑えているおれに、娘があり得べからず言葉を投げつけた。

「それは、銀時さまです」



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