これは…困ったことになった。
はたして今からでも間に合うだろうか?

PHILTRE D'AMOUR chapitre1

「ごめんください、銀時くん…」
いつもの桂の挨拶は、でも、突然奥から全速力で飛び出してくるとそのまましがみついてきた少女によって遮られた。
「ヅラぁ、早くリーダーへ日ごろの感謝を込めて貢ぎ物を渡すネ」
神楽はそう言って、桂が両手に提げている大きな紙袋をじっと見つめる。
「うむ、ここに持ってきてはいるのだがな。残念ながらこれはリーダーの分だけではないのだ」
「じゃ、わたしの分だけをさっさと渡すヨロシ。」
「リーダーせめて、中に入るまで待ってはもらえぬか。探し出さなくてはならんのでな」
「仕方ないアル。ま、入れよヅラぁ」
かたじけない、と桂は既に神楽が去ってしまい誰もいない玄関先で一礼すると丁寧に草履を揃えてからあがり框に上がった。
「いらっしゃい、桂さん。神楽ちゃんがまだまだかって待ちあぐねてましたよ」
居間に入るとすぐに新八にそう声を掛けられ、桂は勧められるままにソファに座った。
「おかまいなく。おれはまだ用があるのでな、すぐにお暇する」
お茶を入れようと台所の方に向かおうとする新八を桂が止めて、持ってきた紙袋をごそごそと探った。
中から綺麗に包装された包みを二つ取り出すと、「はい、これが新八君の分」と青い包み紙の方を差し出した。
「ありがとうございます」と丁寧に礼を言う新八に対して、神楽は「リーダーをないがしろにするとはいい度胸アル」と、桂の袖を引っ張ってさかんに気を惹く。
それが嬉しいのか、桂はクスクス笑いながら、「リーダーのはこちらだ」と、今度は赤い包装紙に、薄いピンクに灰色で縁取りされた細いリボンが掛けられた包みを手渡す。
「神楽ちゃんのチョコの箱、可愛いね」
新八はニコニコしながらそれでも、箱を眺めたままの神楽に、桂さんにお礼言わなきゃダメだよ、と釘を刺すことも忘れない。
「ありがとアル」
神楽は珍しく素直に礼を言うと、またジッと包みを眺め出す。
「ん?どうした、リーダー何か気になるのか?」
ううん、と首を振る神楽を見て、新八が「銀さんがね、自分を置いて先に食べちゃダメって約束させたんですよ」
「銀時が?なぜだ?それに、あいつはどこにいるのだ?」
全く、自分が時刻を指定しておいて留守とは…と桂は文句を言いはじめる。
「さぁ、理由はよくわかりません。さっき急に電話がかかってきて、臨時の仕事とか言って出て行っちゃったんですよ」
なんかブツブツ文句言ってました、と新八が軽く告げ口をする。
「全く、仕方のない奴だな。しかし、約束をしてしまったのなら仕方があるまい、リーダー、すまないが今しばらく我慢してやってくれ」
桂はそう言うと立ち上がり、「冷蔵庫に空きはあるかな、新八君」と問うた。
「ええ、多分」
「では、これを入れさせてもらってもかまわぬか?銀時の分なのだが」
「はい、どうぞ。でも、直接渡した方が銀さん喜ぶと思いますけど」
「生憎、これから仕事なのだ」
「用って、お仕事だったんですか」
うむ、と言いながら、桂は傍らの紙袋を指して「今から店でこれを配らねばならんのだ」と溜息をついた。
「それ、ひょっとして全部チョコですか?」
目を丸くする新八に、桂は頷いた。
「みんなヅラが作ったアルか?」
物欲しさよりも驚きの方がはるかに勝った声で神楽も訊く。
「いや、おれが作ったのは銀時の分だけだ。みなや客が腹を壊しでもしたら一大事だからな」
冗談なのか本気なのか大真面目にそう言ってのける桂に、新八も神楽も顔を見合わせて苦笑するしかない。
「そんな訳でな、もう行かねばならんのだ。溶ける心配はないだろうがー」という桂に、新八が「生チョコは冷蔵しておいた方がいいですよ」それにーと新八は続ける。
「神楽ちゃんの目の前に置いてあると、我慢がきかないかもしれませんからね。この部屋には置いておかない方がいいですよ、絶対に」と小声で言う。
「そうだな。お言葉に甘えて入れさせてもらうことにしよう」
どうぞどうぞ、銀さんには伝えておきますから、と新八の了承を得ると、桂は勝手知ったる台所に行き、冷蔵庫の扉を開けた。

おそらくはきれい好きな新八の手によるものだろう、適度に食材が詰まっているがスッキリと整頓されていて清潔そうだ。
桂がいちご牛乳のパックのそばにチョコレートの箱を入れようとした時に袂が触れてしまったらしく、近くに置かれていた箱を倒してしまった。
慌てて箱を拾い上げてみると、側面いっぱいに不似合いなほど大きな文字で「くすりいれ」と書かれている。平仮名ばかりで銀時の手によるものだと丸わかりの不揃いな文字だ。
この家では薬まで冷蔵庫にしまうのか?と呆れ気味に中味を確認してみると、目薬や湿布薬に混じってどこか見覚えのある箱が鎮座していた。なんだったろうかと記憶の糸を手繰りながら、その蓋を開けてみた。
それはやはり見覚えのあるもので、桂はそのままそっと寸分違わぬように元の場所に戻しておいた。


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