PHILTRE D'AMOUR chapitre10

なにをだ?と桂は訊きかえさない。
それで充分。銀時の想像通り。
「馬鹿だなぁ、おめぇ。勘違いしてやがんの」
桂が僅かに顔を上げようとした。
どうやら銀時の顔を見ようとしているらしいが、それはまだダメだ。銀時は腕に力を込めてそれを許さない。
誤魔化したり嘘をつくつもりなど毛頭ないが、ただ、照れくさい。
「隠してただけだ」と銀時は続ける。
「別におめぇが去年くれたアレ、食えねぇってうっちゃってたわけじゃねぇ」
「しかし…」
「しかしもかかしもねぇ。考えてみろ、もしマジで食えねぇ代物なら、さっさと捨てちまうだろうが。そのほうが証拠も残らずスッキリだぜ」
今頃になってその可能性に思い当たったのだろう、桂が声を出さずに「あ」と言ったのを銀時は感じた。こいつ、本当に馬鹿なんだからな。
「ま、食えなかったのは本当だ、なんか…あれでよ…」
「あれ、とは?」
勿体なくて、とは素直に言えなくて銀時は言葉を濁したのだが、当然そんな思いが伝わろうはずもなく、桂は率直に疑問を口に出す。
察しろ、頼むから察してくれ!貰ったチョコが勿体なくてなかなか完食出来なかったなんて言えねぇだろうが!と必死に念じるが、生憎と相手は桂だ。 どんな状況でも桂は桂でしかなく、そんな芸当は期待するだけ無駄、本気で答えを待っている。
あー、こいつうぜぇー。
それで銀時は渋々「一年に一回しか食えねぇようなもんだから、つい…」と白状した。
まんざら嘘を言った訳ではない。ただ、全部を言わないだけだ。
一番大事で、それでいて一番恥ずかしいところを。
答えを聞いて桂がどんな顔をしているかが見たくて、銀時は腕の力を緩めてやる。案の定、桂は銀時の言葉を額面通りに受け取った様子だ。 若干驚いてはいるようだが、羞恥や照れなどの色は欠片も見えない。
それどころか、「そういえばトッシーも似たようなことを言っておったな。そういうものなのか…」等と変な納得の仕方をしている。
銀時は土方と同列に扱われるのには納得がいかないが、一番面映ゆい告白を無事乗り切れたことを思ってグッと堪える。 ついでに話題を変えてしまいたいとばかりに「そういうもんなの!なのに勝手に勘違いして、土方なんかにくれてやるなんて」と改めて強い口調で苦情をつきつけた。
「あれは土方ではないぞ?トッシーだ」
誰が土方などに、と憤慨する桂に銀時は反論する気力もない。
今夜は土方がトッシーのふりをしていたのだと教えてやっても、どうせトッシー贔屓の桂は信じまい。
あの白ペンギンの中身がただのおっさんだということを、これまで何度力説し、何度スルーされてきたことか…。
はぁ。
出るのは溜息だけだ。
本当にどうしようもねぇくれぇの馬鹿!
なのに、「しかし、貴様らは揃いも揃って、道理というものが解っておらんのではないか?」なんて言い出す。
道理もおめぇにだけは語られなくねぇだろうによ、と喉元まで出かかるが、「なにがだよ」と言うのに止める。今夜のところは分が悪い。
いくら肝心な所はばれていないとはいえ、恥ずかしい現場を押さえられてはいるのだ。何とはなしに弱みを握られている気になる。 鈍感な桂だからこそ、今こうしてまともに顔を見ながら話せるが、相手によっては逃げ出したくなるくらいバツの悪い思いをさせられいたことだろう。
「チョコレートなどを勿体ながるところだ。トッシーにも言ったが、食い物は食ってなんぼだろうが」
桂のにべもない言葉は、いつだって他人を萎えさせたり困惑させたりするのだが、今だけは銀時はこの無頓着さに感謝する。
おそらく、桂が銀時の真意を理解することは決してないだろう。この先もずっと。それが幸か不幸かはわからないが、少なくとも銀時がきまりの悪い思いをしないですむのは確かだ。
「んー?食うけど」
安堵感でいつもの調子を取り戻し、銀時は気怠げな声で言う。
「アレをか?いくら喰わねば勿体ないといっても、アレはもう止めておけ。ほとんどミイラ化しておったぞ」
手作りのチョコなどせいぜい3日以内に食すものだ、と桂が真剣な面持ちで銀時を説く。
「あー、じゃあ、あれは化石になるまであのままにしといて、おめぇが店でくれたのを食う」
「それはいつだ?」
銀時の化石発言には触れず、せっつくように言うのがなんだか可笑しい。そのズレ具合がいかにも桂だ。
「ヅラ君が次のくれたら」
「なんだと!結局また一年も先か!?またミイラだぞ、ミイラ!」
「一年も待たせなくても、ほら、来月にだってチャンスはあるじゃん。ホワイトデーとか」
「…それでも一月も先か?しかも、なんかそれ違わなくないか?」
「いいんだよ、細けぇこと気にすんな。おれにちゃんと食って欲しかったら、来月を待たずにさっさと次のを寄越せ」
それまでは今日もらったのだって薬箱行きだぜ?と銀時が真顔で桂に迫る。
「もう昨日の話だ」と几帳面に訂正を入れてから、なんだか釈然とせんなぁ…と尖らせる唇の端に、銀時は軽く唇を寄せてみる。
あー、高級チョコも手作りチョコも捨てがたいけど、やっぱこれが一番だよな…。
照れ隠しかムスッとする桂の顔を見て、にやっと笑うと銀時はそっと耳打ちした。
桂も囁かれる言葉に、冴え冴えと輝く月を欠いた暁闇の空をちらと見上げ、今宵ばかりはと目をつぶることにする。

「な、取りあえず中に入れてくんねぇ?」


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