PHILTRE D'AMOUR chapitre9

事の次第に気付くのが遅れたために銀時は途中で桂をつかまえられず、結局深夜に隠れ家に押しかける形となった。 いきなり扉を叩くのも憚られ、かといって深夜に忍び込んだりすると命が危ないと銀時は逡巡する。
そんなことしてみろ、ヅラのことだ、いきなり斬りかかってくるくらいのことはやりかねねぇ。
可能性は充分あるな。
いや、あいつなら斬りかかってくるわ。
斬りかかってくるに違いねぇ。
斬りかかってこないわけがねぇだろうがこんちくしょー!
もちろん躱せる自信はあるが、今夜に限ってはそういう心臓に悪い事態に遭遇したくない。これ以上は。
中にはペンギンお化けもいるかもしれねぇし。さて、どうすっか…。

虚仮の一念岩をも通すとはよく言ったもので、あることを思いついた銀時は家の周囲を一度ぐるりと周り、桂が寝所に選びそうな場所を見はからった。
雨戸までがガッチリと閉じられていて、中から漏れてきている灯りはない。
あんだけ酔ってたんだ。もう眠っちまってるのかもな。…悪ぃ、ヅラ。
銀時は出来るだけ気配を消して濡れ縁まで近づくと、組み合わせた手の中に勢いよく息を吹き込んで木菟の鳴き真似を始めた。
戦の折り符牒がわりに使った合図の一つで、銀時は木菟の鳴き声だと主張したのだが、桂はそれでは梟だと言い張ったものだ。
両者の鳴き声に明確な違いなどなく、単に木菟よりも梟の方が桂によってはより可愛らしく思えるというだけの理由らしかったが、 銀時はムキになる桂がなんだか可愛くて無理に木菟と言い続け、桂は意地になったように梟だと言い続けた。

あの頃から、ちっとも変わってねぇ。おれら、ほんと馬鹿だよなぁ。
何年かぶりで、木菟の鳴き真似をしながら、そんな昔のことを思い出し、銀時は真夜中だというのに笑い出したくなった。 お陰で、それまでホホゥ、ホホー、と上手く鳴けていたのが、ぶほぅと、風邪気味の年寄り木菟のような鳴き声になってしまった。
「なんだ、死にかけか?」
柄にもなく思い出にひたっていたために、急に桂に不審そうに声をかけられて銀時は大いに驚いた。
「おまっ、急に出てくんな。心臓に悪いわ!」
「夜中に大声を出すな。戦中でもないのに下手な梟の鳴き真似を聞かされたこっちが心臓に悪いわ」
銀時の予想を裏切って桂はまだ床についていなかったようで、さすがにヅラ子の格好ではなかったものの、いつもの着物を真夜中にもかかわらずキッチリと着込んでいた。 声で銀時と知れたためか帯刀はしていないが、いつもの見慣れた姿の桂。
それなのに、言うことは相変わらず十代の頃のまま。未だに梟と言い張る。
こいつ、マジで馬鹿。
「ん?なんだ貴様、こんな真夜中に何が可笑しくて笑っておるのだ?」
つい頬でも緩んだのだろうか、桂に不気味がられてしまった。
「そりゃ、可笑しいに決まってらぁ」
「何がだ?」
「おめぇがだ。馬鹿ヅラ」
「馬鹿でもないしヅラでもないが…、おれ?意味がわからん」
「おめぇがあんま馬鹿でよ」
「貴様、それがわざわざ真夜中に人を訪ねてきて言うことか!」
「や、でも本当そうだからよ」
「まだ言うか!」
眦をつりあげかける桂を、銀時は笑みを張り付けたまま腕の中に閉じこめた。
身じろぎもしない様子に、桂がぽかんしているであろう事が容易に知れる。
「ほんと、馬鹿」
銀時の口調になにか感じるところでもあるのだろう、桂は言い返しもせず、腕を振りほどこうともせずただじっとしている。

馬鹿、と銀時はもう一度繰り返すと、「おめぇ、あれ見たんだろ?」と訊いた。


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