Trois petits chats 前篇

一、二、三
三匹の子猫
三匹のひどい悪戯っ子たち
ある夜
そっと
ぼくん家に忍び込み
騎士に扮して
剣を交えてのチャンバラごっこ
耳が切れて
119番した

Un deux trois
Trois p'tits chats
Trois vilains petits fripons
L'autre nuit
Sans un bruit
Sont entrés dans ma maison.
Déguisés en chevaliers
Se battent à grands coups d'épée
Crèvent tous les oreillers
Et téléphonent aux pompiers.

(フランスの民謡より)


「あの…もしもし、なにをやってらっしゃるんですか?」
ヅラ君…と銀時がいかにも不思議そうに訊く。

見てわからんのか?と桂はー今は黒い毛並みが美しい一匹の猫でしかないがー鼻で笑いながら、それでも銀時が首を傾げる元となっている行為を止めようとはせず、「毛繕いだ」とだけ言った。

「ばっか、おれだってそれ位知ってらぁ」
銀時ーこちらも今は白い猫なのだがーが人間の時と変わらぬ二足歩行で二匹に近づきながら大声を上げた。

二匹、桂ともう一匹の猫はそんな銀時の剣幕などどこ吹く風で、相変わらず毛繕いを続けている。
ただし、実際に毛繕いをしているのは桂だけで、もう一匹はじっとしてそれを許しているだけ。つまり毛繕いされるままになっている。
毛繕い中の二匹がいる場所には適度に木漏れ日が差し込み、桂に毛繕いをされている猫はぬくぬくと気持ちよさそうに目を閉じている。桂のただでさえ見事な毛並みは、照り返しによって油でも塗り込んだかのように艶めきながら輝いていて、たとえ猫であってもその美しさで銀時の目を奪う。
この光景を目にしたのがただの人間であれば、ただの微笑ましい光景に映るだろう。
けれど、片方の、否、二匹とも元の姿が人間だと知っている、これまた外見のみが猫の目には、なんだかとても怪しげなものとしてしか映らない。
ましてや、片や齢十を優に超える老猫である中年男と、外見こそ可愛らしい若猫だが、歴とした二十歳を優に超えた男同士であるのだからなおさらだ。
だから、銀時がそう言ってやると、桂がまた鼻で笑った。
わ、むかつく。
その薄桃色の鼻に噛み付いてやろうか?
あ、やべ。その発想が既に人としてズレてきてんじゃん。
おれ、大丈夫かな?こいつらみたいに猫の生活に馴染みきっちまうんじゃねぇだろうな?
内心わたわたとする銀時に、「貴様も一度自分で毛繕いをやってみろ」と言い、桂はホウイチと呼ばれる両耳のない大きなボス猫の喉元を再び舐めあげ始める。

わ、わ、わ。なに、あの子。なんであんなことやってるの?やらされてるの、ねぇ?にしちゃ、楽しそうじゃねーか、こら!
「とにかくテメェもやってみろ」
ホウイチに一喝されるようにして、しぶしぶ銀時も見よう見まねで毛繕いを始める。
なんかおれの毛って、喉に悪そうじゃね?
こんなん舐めて大丈夫なのかよぉ。
ぺろ。
れ?
ぺろ、ぺろ。
ん?

なんか、落ち着かねぇか、これ?
ぶっ飛ぶようなとんでもない光景を目の当たりにして、頭にのぼっていた血が少しずつ静まるように引いていく。
ぺろぺろぺろ。
気分が落ち着くだけじゃなく、なんだかとっても心地良い。
あー、やっぱおれ今、猫なんだわ。
そんな自分に抵抗がないわけではないけれど、それでも、この心地よさ。
銀時猫はいつの間にか毛繕いに夢中になり、身体中を丹念に舐め回していく。
身体も綺麗になり、気分もすっかり良くなって、今や上機嫌だ。
けど。
あれ、ここはどうやればいいんだ?
ここ。
ここ、ちょっと痒いんだけど、おれ。
ここが…あとちょっとなんだけどな…。おい!踏ん張れ、おれ!
白い顔を朱くしながら、なんとか自分の喉元に舌を伸ばそうとするのだが届かない。
仕方がないので、手を使ってなんとかコシコシと擦ってみると痒みはおさまるが、毛が絡んでしまう。
気持ち悪い!舐めたい!
銀時は必至に顎をひいたり首を傾げたりと奮闘するも、なかなか思うようにはいかない。
「止めろ、無駄だ」
どことなく面白がるような調子でホウイチがそう声を掛けてきた。
「無駄ってなんだよ」
「そんなとこ届くわけねぇだろ」
「えー、届かないのぉ!じゃぁ、どうすんだよ、この気持ち悪ぃの。おれ、届かないってわかったら余計に舐めたくなってきたんですけどぉー!?」
「もういいから、あの天の邪鬼をなんとかしろ。五月蠅くてかなわん」
そうホウイチに言われた桂が、足取りも軽く銀時の方に歩いてくる。
なんか、嫌な予感がするんですけどぉ。
ヅラが楽しそうだなんて、きっとろくでもねぇことだ。
思わず身構える銀時の側まで来ると、桂は品定めでもするようにじっと銀時を見つめる。
「んだよ、ヅラァ……おわっ!」
> ぺろ。ぺろ、ぺろ。
「な、な、なんだ、ヅラぁ?」
動揺する銀時にお構いなしに、桂は銀時の喉元を何度も舐めあげていく。
「ちょ、よしなさい!人前で、はしたない」
あまりの気持ちよさに耽溺してしまいそうで、止めるように言うのに桂ときたらいっかな止めてくれない。
そう言う自分だって簡単に桂を振りほどけるはずなのに、この快感から自発的に逃げ出すほどの克己心など、ない。
結局、桂のなすに任せながら、止せ、だの止めろ、だの口先だけの抗議が銀時の口から虚しく発せられ続けていく。
「銀、なにわかんねぇこと言ってるんだ、おい」
銀時を舐めるのに一生懸命な桂の代わりにホウイチが答える。
「猫はな、こうやって自分で届かねぇところは、信頼出来る仲間にやって貰うもんなんだ」
もっともー、とホウイチは続ける。
「いつ喉元に食い付かれるかわからねぇからな、おれは他人にやって貰うのはほとんど初めてに近ぇ」
はぁあ?そーゆーもんなの!?
でも、だめだろ、これ。
気持ちよすぎるだろ、これは。
癖になったら誰がどう責任をとってくれるの?

心ゆくまでふわふわの毛の感触を楽しんだらしい桂が満足げに喉を鳴らした時には、銀時はその場に 身を投げ出すようにして倒れ込んでいた。


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