Trois petits chats 後篇
「で、なんなの、おまえ?なんであんなことやってたの?」
銀時を狩りの練習に誘ったものの、ぐったりとしている様を見て諦めたらしいホウイチが二匹を置いてふらりとどこかへ消えてから銀時が桂に訊いた。
「身繕いのことか?」
「決まってんだろっが!」
「んー?猫だから」
猫になっても桂はいつもの調子。
答えになっているようで実はなっていないことを平気で言う。
「違うだろ?そーゆーことじゃないでしょ?なんでホウイチの毛繕いまでやっちゃうわけ?」
肝心なのはそこだろうが!と銀時は内心お冠だ。
「なんだ、聞いてなかったのか貴様は。ホウイチ殿が言っておったろうが。仲間同士で毛繕いし合うのは習性だ、猫の」
ぱこ!
またしても的外れなことを言う桂に、銀時が軽く制裁を加える。
なぁ〜う!
銀時、なにをする!痛いではないか!という決まり文句の代わりに桂が嬉しそうに啼いた。
れ?なんで?
銀時が思わずまじまじと桂の顔を見ると、あろうことか心ここにあらずといった風情で放心している。
げ。
何、この子。
ちょ、気持ち悪っ!
叩かれて喜んでんの?
「ヅラぁ、おめぇ前々からM属性だとは思ってたけどよ、そりゃねぇんじゃね?いくらなんでも悦びすぎだろうが」
「誰がMだ!」
ヅラじゃない、と訂正を入れるのも忘れて桂が反駁する。
よほど不本意らしい。
「おめぇだよ!」
「叩かれて喜んでるわけじゃないぞ、これはあれだぞ、あれ…」
ぱこ。ぱこぱこ。ぱこん!
しどろもどろに弁解を始める桂の言うことになど耳を貸さず、銀時はもう一度桂を叩いてみる。
みにゅあぁ〜ぅん!
今度の啼き声は先ほどよりももっと高く、長い。
しかも、紛れもなく恍惚とした表情を浮かべてさえいる。
「なんだ、やっぱ気持ちいいんじゃん」
咎めるように言う銀時に、桂は懸命に頭を横に振って否定する。
「違う、断じて違うぞ!ただ、貴様のぷにぷにの肉球がおれを狂わせているだけで…」
「このド変態!」
銀時が今度は思いっきり蹴りを入れると、さすがに桂の身体は吹っ飛ぶが、なに、そこはやはり猫の身体で、軽く四本足で着地を決める。
ダメージは全くなさそうだ。
それどころか嬉しそうなのは変わらない。
あ。
足にも肉球あんの忘れてた。
くそっ。
これじゃヅラの思うつぼじゃねぇか!
あー、ムカツク。
いつも桂のペースに巻き込まれ、自分を乱され続けてはきたが、猫になってまで…と思うと銀時はげんなりするのを抑えきれない。
ぺろぺろ、ぺろ。
はっ!?
おれ…今、なにやって…?
ふと我に返ると、毛繕いをしている自分に気付いて銀時は自己嫌悪に陥る。
「銀時、気にすることはないぞ。気分を落ち着かせるためにも毛繕いは必要だからな。おれに気兼ねせずゆっくりやれ」
銀時の毛繕いをじっくりと眺めていたらしい桂が、にんまりと笑みを浮かべ実に嬉しそうに言う。
だれが気分を落ち着かなくさせてんだ!元凶が偉そうに言うんじゃねぇよ!
「もうせんのか?」
うんざりして止めてしまった銀時に、惜しげに言う桂。
「変態に見られながらやる趣味はねぇ」
「変態じゃない。桂だにゃん」
「その”にゃん”ってのやめろっつってんだろうがぁ!」
思わず拳を振り上げかけるが、待ってましたとばかりに嬉しげな顔をされれば、殴る気も萎える。
あーあ、なんでこんなことになっちゃったかなぁ。
もう人間に戻れねぇのかなぁ。
ヅラはいいよなぁ。
肉球にまみれて幸せそうだもんな。
なう。
落ち込む銀時に、桂がそのしなやかな身体を擦りつけて来る。
ぺろり。
銀時は自分の鼻が舐められたのを感じた。少しざらついた猫の舌が、くすぐったい。
「ヅラぁ」
「そう気を落とすな」
「落としてません」
「見栄を張るな、見栄を」
そう言って、桂は今度は銀時の耳を甘噛みする。
「くすぐってぇよ…」
耳の裏から頬、口元から額まで、顔中を桂のピンク色の舌がちろちろと動き回る。
「貴様はいいなぁ…真っ白で…ふわふわで。まるでわたすげのようではないか」
そんな風に愛おしげに言う桂の声を聞きながら、銀時は瞼を閉じた。
桂が瞼まで丹念に舐めるので、目を開けていられない。
そのまま波のように断続的に襲い来る眠気と闘いながら、銀時は、でも、ま、始終こんな風に暮らせるのなら悪くはねぇ…と思わずにはいられない。
「銀時?」
大人しくなった銀時を不思議に思った桂がその名を呼んだ時には、銀時はすっかり眠り込んでいた。
気持ちよさそうなその姿に、桂も銀時に身を寄せて丸くなってみる。
…お日様の匂いがするな。まるで子供のような…
人に戻るのは…もう少しだけ、あとでよいのかも…。
ほんの少し風に揺れている真っ白い毛先にもっと深く自分の鼻を埋めると、桂もまたくすくす笑いながら眠りについた。
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