焦慮 1

ヅラはきっと知ってる。
で、怒ってるだろうか?それとも悲しんでいるだろうか?
もうすぐあいつの隠れ家が見えてくる。
まだ、そこにいてくれれば一縷の望みはある、はず。


「なにしに来たのだ?」
部屋に上がり込んだおれの方を振り向きもしないで問いかける、その声。そこからはなんの感情も読みとれねぇ。
愛想を尽かして隠れ家をたたまれていなかった安堵と、こちらを振り向かないことへの不安がせめぎ合う。
なんて声をかけりゃいい?おれになにが言える?
かけるべき言葉が見つからないまま動かないおれに焦れたか、静かにこちらを振り向いた表情はいつもと変わりなく、やはりなんの感情も読みとれねぇ。
ただ、わずかに眉が顰められ、少しだけ唇が小さく窄められた。少し不機嫌になった時の仕草。幼い頃から変わらない。
「そのまま、じっとしておれ」
そう言い置くと次の間へと消えてしまった。
え?なに?刀でも取りに行くんですか?斬るの?おれ斬られるの?やっぱ逃げるべき?
そう思いながらも、頭のどこかではそんなわけがないと高をくくっているおれもいて、相変わらずおれは動けないまま。
すぐに戻ってきたヅラは、何故か手に新聞紙と大きなクッキーの缶を持っていて、おれはその赤と白のチェック柄から目が離せなくなった。
え?食わせてくれるの?ひょっとしてこぼすといけないから新聞紙広げて食えってか?おれは餓鬼か!や、疲れてるから甘いものは嬉しいんですけど、だったらそんなもそもそしたものじゃないものがいいです…なんてことはむろん言えず、じっとヅラの出方を待つ。

「なに、これ!なんでこんなもん使ってんの?」
「やかましいわ!便利なのだ。捨てるのももったいないし、第一可愛いではないか!」
新聞紙を広げたヅラは、案の定おれにその上に座るようにと顎で示してからクッキーの缶を開けた。その缶に入っていたのは、クッキーではなく、”エイドキット”いわゆる救急セットというもので、ヅラはそこからピンセットにガーゼ、消毒液などを手際よく取り出した。
「痛、痛い、もうやめてくれぇ!」
「うるさい!貴様それでも侍か?どこぞの生娘でもあるまいに!」
ヅラ君ってば結構怖いこと言いますね。やっぱ不機嫌?
口では悪態をつきながらも、ヅラはおれの傷を一つ一つ数えるようにして、額から頬、顎から首筋、と順序よく丁寧に消毒していく。おれは大した痛みを感じているわけではないのだが、なんとなく面映ゆいのでつい大声を出して騒いでしまうのだが…それもばれてる…よね?
「ちょっと待て!おま、何使ってる?何使ってくれちゃってるの?」
ヅラが持っているピンセットの先にあるものときたら。そりゃ、大マジで声をあげるってもんだ。
「ん?これか?まーきゅろくろむ液だ」

ヅラが誇らしげにおれに見せつけてきたのは、確かにマーキュロクロム液とラベルにはっきり書いてあったけ・ど・も!
おれは騙されねぇぞ。それってつまりは…
「ただの赤チンじゃねぇか!」
だって、ヅラ君の使ってるカット綿、めちゃくちゃ真っ赤っ赤なんですけどぉ?それ、血の色じゃないよね?おれの血の色とかじゃなくって、もっとこう、人工的な鮮やかな赤だよね!
「そうだが?」
「おま、それなかなか色取れねぇんだぞ!知ってるだろ?そんなのでおれの顔面めいっぱいこすったのかよ?」
「こすったのではない、消毒したのだ」
「おれはそんなこと言ってねぇ!おまえ、おれの顔これでやっちゃたよね?おれ、もう顔真っ赤っ赤だよね、きっと?おまえはおれをおてもやんにしたいんですか!ぁ」
「ふん。おてもやん、結構ではないか」
焦るおれを尻目に至極勝手な言い草。そういやおてもやんって一応人妻でしたっけ?
「それに…」にんまりと見慣れない笑みを浮かべる。
あ、やべ。こいつ確信犯?
おれの脳がすぐさま警戒アラームを発令。
「可愛いではないか、おてもやん。…真選組なんかよりもずっと…なぁ、銀時?」と、滅多に浮かべない笑みを浮かべる。
へーへー、そうきましたか。


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