焦慮 2

なにも言えなくなったおれを、しばらくいつもの無表情で眺めてたヅラは、また小さく口を窄めてから「服を脱げ」と言った。
はいはい、服でも何でも脱ぎますよ。
下着も脱ぎましょうか?とふざけるおれに、ヅラが大きな鋏をわざとらしく見せつけてきやがった。
刀より鋏の方がなんか怖いんですけど。あれで切られたらすげぇ痛そうだ。血もメッチャ出るよねきっと。てか、死ぬな。うん、死ぬ。死ぬ。
すみません、嘘です。場を和ませようとつい調子に乗りましたーと謝って素直に上着を脱ごうとしたが、傷が酷く痛むわ血がこびりついているわでなかなか脱げない。見かねたヅラが、先ほどの鋏でジョキジョキやって、どうにか上着を取り去った。
ああ、そうやって使うつもりだったの。そりゃそうだ。
負い目があるせいかヅラの一挙手一投足にビビっちまうなんて、随分気弱になってるよね、おれ。
同じようにしてズボンも切られ、おれは半裸の状態で新聞紙の上に再び座らされた。 その横に、ヅラが正座する。大量の包帯やガーゼも一緒だ。
これから先の治療で味わうであろう痛みに気をとられて油断していたら、ヅラがまたしても赤チンを持ち出したので、平身低頭してヨードチンキに変えてもらった。 顔は終わってしまってるし、赤から茶色に変わるだけだからあまり意味はねぇけど、これは理屈じゃなく気分の問題。

忌々しい弦が食い込んだ痕はとても深くて、消毒液なんかが届くようなもんじゃねぇとは思ったが、それでもかなり沁みて、さすがに騒ぐどころじゃなくなったおれはひたすら歯を食いしばって耐え続けた。
消毒を終えたヅラが先ほどの大量のガーゼや包帯を駆使し、生きたミイラをおれで完成させる頃になってやっと人心地ついた気分になれた。
やーれやれ。
「痛むか?」
今日初めて聞くヅラの心配そうな声に、それほど、とおれは嘘をついた。
「嘘をつけ」
ヅラが苦笑する。
なら、聞くなよーとおれも小さく笑う。
「本当はおれ、せめて服を着替えてからここへ来たかったんだけどよ、そんなことしてるうちに、おめぇに逃げられたらと思うと怖くなっちまって…こんなナリで来ちまった」
そう言って、一度大きく息を吸ってから、すまねぇ、と付け加えた。
「かまわぬ。仕事だったのであろうが?」とヅラ。
本心はともかく、そう言ってもらえるだけでありがてぇ。
「おう。近藤の貯金、全部巻き上げてやった」
「…立派な仕事だな」
クツクツとヅラが笑う。
「しばらくキャバクラには通えねぇだろうから、お妙には恨まれちまうかもしれねぇな」
「それは大変だ。お妙殿は下手をするとそこらの芋侍より手強いのであろう?」
「まぁな。初めて会った時に、ゴリラに育てられたのかと思ったくれぇだ」
「貴様、おなごに対して失礼な奴だな」

こうやっていつものように軽口が叩けるってのはいいもんだ…とおれは思い始めた。けど、違う。なんかおかしくね?
何か妙な違和感を感じる。な、んで…?

「なぁ、ヅラ…おめぇいっつもこんなに包帯やガーゼ用意してんの?まるで備蓄って感じじゃなくね?」
その正体に気付き、おれはその疑問をストレートにぶつけてみる。
こいつには中途半端な小細工は通用しねぇ。いっつも直球勝負!もしくはとんでもねぇ魔球で気をひかねぇと気付いてくれやしねぇんだ。
「……いや」
ちょ、なに、その微妙な間!
「じゃ、なんでこんなにいっぱいあんの?どこから出したの?おめぇはド○えもんですか?」
「おれがド○えもんかそうでないかが解らんとは…」
いや、問題はそこじゃねぇ。ドラ○もんなんか持ち出したのはおれが悪かったけど!
「おれが本当に聞きたいのはそれじゃねぇことくらいは解るよなぁ、ヅラ?」
この程度のことで萎えてたら、ヅラと会話なんか出来ゃしねえ。
おれはまっすぐヅラの目をのぞき込むようにして訊いてみる。
「…貴様も予想はしておっただろう?おれが貴様が大怪我を負ったことを把握しているだろうと」
「まぁな。おめぇのことだからな真選組の動きぐらいは追わせてただろうしよ。それくらいのこと百も承知とはおれも覚悟してたさ」
だからこそ、かなりビビリながらここに来たんじゃねぇか。
「では、おれがそれに備えておいても当然だとは思わんのか?」
ええ、そうですね。その通りですね。けど、おれが本当に聞きたいのはこっから先。
「ヅラ君は用意がいいですからね、それくらいのことでは銀さん別に驚きませんよ」
さぁ、ここからが本番だ。
「でもさ、なんで中途半端な使いさしが幾つもあんの?なんか変じゃね?」
「…どうしてそう思う?」

うわ、真っ向から反撃してくる気満々かよ。でも、おれぁ負けねぇからな、覚悟しとけよヅラぁ!


戻る次へ