焦慮 6

「じゃ、高杉は最終的にヘマをやったんじゃねぇーか」
ヅラへの腹いせが、何故か高杉への嫉妬として表出してしまうのがおれらしい…。
「どうしてそう思う?」
「今回の件で、真選組は思い知っただろうぜ、てめぇらの穴をよ。それって敵に塩を送ったようなもんじゃね?」
「だから、言ったであろうが、おそらく晋助もあやつ等を潰す気はないのだ、少なくとも今は。だから、穴があるならあるでそれを塞がれても痛くも痒くもない。てか、むしろその方が都合がいいくらいかもしれん」
ヅラはわざわざ”今は、の”は”を強調して噛んで含めるように言う。
随分と思わせぶりなことしてくれるじゃねぇか。
「な、んで?訳わかんねーよ、解りやすく言えよ」
「自分の理解力のなさを他人のせいにするな!」
「いーえ、ヅラ君、なにか肝心なことをまるっと隠してくれてますぅ。だから解んなくても当たり前なんですぅ」
「語尾を伸ばすな!気色の悪い」
「気色悪くありませんー。銀さんですぅ」
おれはヅラの十八番を真似て言い返してやる。
む。
あーあ、今度は本格的に唇尖らしちゃったよ。
いい年して無駄に可愛いからやめてよね、そーうゆーの。
「言ったであろう、おれはあやつ等をかっておると」
「おめーを捕まえられないとこがでしょ?」

義侠心とかも言ってたけどそっちは無視して、あえてやーらしー言い方をしてやる。
ヅラはおれの顔をじっと見た。
取り澄ましたような秀麗な顔からは特別な感情は読みとれず、ただ、瞳の奥が少しだけ揺らいだ…気がした。
「なんとか言えよ、ヅラ」
微かに目蓋を閉じ、白桃の頬に長い睫の影を濃く落とすと、ヅラはやっと一言呟いた。
まるで、ただの独り言のように。
「ひょっとしたら…意図的に捕えないようにしているのかもしれんのだ…」
「へ?」
「時折な、そういう風に感じることがあるのだ。わざと見逃がされているような…」
「それ…マジか…?」
驚いた。それが本当ならえれぇことだ。
「近藤以下、どこまでが関係しておるのかは知らんが、捕まえるふり…だけのような気がしなくもない」
「どういうことよ?」
「沖田がな、バズーカを撃つだけなどお粗末にも程があるだろう」
そういうヅラの表情はどこか淋しげで、その言葉の内容に自分自身で嫌気がさしているようにおれには見えた。
「なんでよ?ああいう派手なのが好きなだけでさ、そこまで考えてないだけかもしんねぇだろ?」
「銀時、確かにあいつはそういう馬鹿なところはある。が、愚か者ではない」
…おれ、おめぇが真選組の誰かをいいように言うなんて、初めて聞いた気がするわ。
しかも、それが沖田とはねぇ…。
なんかやな感じ。
「沖田ねぇ…」
いつものように総一郎くんとは言わず、おれはわざと沖田、と言ってみる。
ヅラは、それ以上なにも答えない。
あ、やっぱやな感じ。なに、これは。
「沖田」
おれはもう一度、言う。
「…ねぇ、まさかとは思うけど、ここに来てたのって…沖田?」
本気か?とでも言いたげにヅラがうっすらと微笑んだ。
それは否定のための微笑みのはずなのに、まるで諾と言っているようでもあって、おれはそんなことを口にしたことを激しく後悔した。
「な訳ねぇよなぁ」
白々しいと思いながらも他に言うべき言葉が見つけられず、おれは一笑に付すことで胸のもやもやを封印する。
まさか、まさか…なぁ………
「銀時…」
おれが勝手に自分の気持ちに折り合いをつけたのを見て取ったのだろう、ヅラがまた話を始めた。
「おれはこう考えておるのだ、銀時。真選組とて侍の端くれ。内心では義侠心からおれ達を捕まえて処罰することはよしとしえないのではないか、と」
それは、充分にあるだろう、とおれは思う。だから、頷いた。
あんな風に見えて、沖田も。また、土方もだ。おれは煉獄館の一件を忘れちゃいねぇ。
「しかしそれでは幕府に巣くう天人どもが納得すまいよ」
「…だろうな」
おれにもやっとこの話の行き着く先が見えてきた気がする。
「そこで、おれたちと真選組の狭間で松平片栗虎が狂言回しの役割を果たしているのかもしれぬ、とな」
「パワーバランスを保つために」、とおれが言い、同時に「ぱわーばらんすを崩さぬため」、とヅラ。
「おれはお尋ね者だが、幸い市民には支持してくれるものが多くいる。通報されることとて滅多とない。真選組はどうだ?歴とした政府側の組織だが、市民からの支持はそれほどのものではない。むしろ、乱暴者の集団と思われている節もある。おれはあやつ等があえて損な役回りを引き受けてくれているおこぼれで、大きな顔をして往来を歩けているだけなのかもしれぬよ、銀時」
ま、考え過ぎかもしれんがな、とヅラは苦笑した。
こんな愚にもつかない推測で、いずれ足を掬われるようことにだけはならぬよう自戒しておかねばな、とも。
キャバクラに通い詰めて散財しているあのおっさんがそれほどの奴とは思ぇねぇが、ヅラがそう言うからにはそうなのかもしれぇねな、とおれは妙な納得の仕方をした。

ヅラは淋し気な表情のまま、「しん…高杉が真剣に何かをやろうと乗り出してくる時は、この世の中全てを壊す準備が調った時だろうよ。それまでは奴らを放っておいたほうが無駄がないに違いない」
もっともーとヅラは続ける。
「その頃の高杉にとっては真選組など今以上に興味がないだろうがな」

そうして、ヅラはそれきり黙りこくって手元の包帯に視線を落とした。
そのヅラの様子で、さっきまでここにいたのは沖田だったに違いないと、おれは何故かそう確信した。


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