焦慮 5

「おれはな、貴様が攘夷活動に戻ってくることはないと思っているし、それはそれでいいとも思っている。人の心に強制は出来ぬ。 しかしな、だからといって、貴様が真選組の肩を持つのはやはり不愉快だ。貴様があの隊服を着ているところを見るのも同じくらいにな」
「すまねぇ」
おれはまた謝る。
それくらいしかしてやれることがねぇし。
「ん?構わんぞ。思いっきり鋏で切り裂いてやったら気が済んだわ」
あれ腹いせだったの?
やっぱり?
おれの手当の為じゃなくってぇ?
「当然、傷の手当ての邪魔だったからだがな」
おれの困惑をよそに、涼しい顔で淡々と言ってのけやがる、がそういうもんなんだろうか…おれにゃよくわからねぇ。
こいつはもともと表情のバリエーションが乏しい上になかなかのポーカーフェイスときてるし。
「所詮その程度で気が済むようなことなのだ」
「…マジでか?」
ヅラは答えずにただ頷くことで、そうだと告げる。
「し…高杉とて、真選組を潰す気などはなかったかもしれぬ。そう思うと、伊東や真選組はともかく、巻き添えを食ったおまえたちには同情心すら湧こうというもの」
「おめぇ何言ってんだ?」
晋ちゃんが真選組を潰す気がなかったってぇ?あんだけのことやらかしといて?
ないないない、絶対ない!
「以前、土方にも言ったのだが…」
高杉の次は土方ですか。おれに耳を傾けさせるツボを実によく知ってらっしゃる。
「本気で真選組を潰すなら、近藤一人を殺れば充分だ。違うか?」
「だぁかぁらっ、もうちょっとでそうなりそうだったんじゃん!結局それっておめぇと高杉の着眼点が一緒ってことじゃねぇの?」
「それだけならば実に簡単なことだとは思わんか、銀時?おれか高杉が屯所に出向いて行って、近藤をたった斬ればよいだけのことだぞ?」
できればその時、沖田だけはいない方がやりやすくはなるーと相変わらずの無表情。
どこまで本気なんだか気になるじゃねぇか!
しかも、実際はヅラの言う通りだ。
真選組には近藤・沖田以外めぼしい剣の使い手などいない。
多勢に無勢とはいえ、実戦でもたたき上げてきたおれたちとは踏んできた場数が全く違う。 おれたちは、来る日も来る日も星の数ほどいるように思えた天人を斬りまくって、斬りまくって、それでも生き残ってきたんだ。 それは幸運だったからという言葉だけですまされるようなものでは断じてない。
普段、警戒らしい警戒もしていない屯所に入り込むのはおそらく簡単だろう。
おれもあの屯所がろくすっぽ武装してねぇことは知ってる。
平和ボケしてるのはあいつらもおれも大差ねぇ。
やれる、のかもしれない。
高杉でも、ヅラでも。その気にさえなれば、おそらくは。
もし、利害が一致して高杉とヅラ二人が組んだら、真選組なんてものの数でもなくね?
いやいやいやいや、やばいじゃん。それはやばい。
おれはどうする?万一そんなことにでもなれば、おれはどうする?どうすりゃいい?
「そう深刻そうな顔をするな、似合わんぞ貴様」
ヅラの穏やかな声にはっと我に返った。
めったとないことに冷たい汗が背中に流れるのを感じて、はじめてその話を怖ろしいと思った。
「やらぬよ。おれも高杉も」
そういうヅラの表情はいつも通り静かで、先ほどまでの物騒な話がおれの空耳でもあったかのようだ。
「少なくともおれはあいつ等をかっている。それなりに、だがな」
意外な話の流れにおれはまたしても自分の耳を疑う。
「煉獄館の一件が示しているように、あいつ等なりの義侠心は持ち合わせておる」
あの一件もご存じですか。
そうですか。そうですよね。
「それに」
それに?
「おれを捕まえられない程度の無能さもそこそこ気に入っている」
だぁーっ!なに、それぇ!真剣に聞いて損したぁ!
「もし仮に近藤を失った真選組が瓦解するようなことにでもなれば、その職務を引き継ぐ新しい組織が生まれることになる。それは十中八九、傀儡政権の幇間だ。今、あやつ等とおれたちで、ぱわーばらんすがそこそこ良い具合に保たれておるのだ、銀時。それをわざわざ崩してどうする?招くのは今よりもっと悪い事態だというのが火を見るよりも明らかだというのに? 少なくとも今は崩すべき時ではないことくらい、おれは解っているつもりだ。おれが解るのだから…」
高杉もーってか。
「でもよ、高杉はどうだか解んねぇだろ?おめぇも今回の件、知ってるだろう。表立ってやらかしたのは伊東だけど、操っていたのは河上じゃん。 つまり、背後にいるのは高杉だろうが」
「高杉はな、ただちょっかいをかけて弄んでみただけなんだと思うぞ」
おれの疑問はヅラによって一笑に付されちまう。
「猫が獲物を嬲るように少し突ついてみたら、真選組に思いの外大きな穴が見つかったというところだろう」
「なんでそんなことする訳?」
遊び半分なんて冗談じゃねぇ。こんな大怪我までさせられて!
「河上という男の器量をはかりたかったのかもしれんし、伊東という男を知ってたまたま利用することを考えただけかもしれぬ」
「な…んで?」
「さぁな、祭り好きのただの暇潰しかもしれぬ。奴の気まぐれは今に始まったことではないから、そこまではおれにも解らぬよ」
なんて…そんなオチありかよ?
「なんでもかんでも知っているのも薄気味悪いであろう?」
ヅラはそういってなぜかニンマリと笑った。

知ってて教えないってか?それともマジでただの推測なのか。
それすらもにおわせねぇなんて、おめぇ質悪ぃぜ、ヅラよぉ…。


戻る次へ