初めて女を抱いた時ってぇのは、多かれ少なかれ感動するものなんだろうか?
おれに限って言えば、自分でやんのと大差ねぇなってのが正直な感想。
今となっては相手がどこの誰だったのか、名前や顔すら碌に思い出せねぇ。
素人だったのか玄人だったのか、も。
ただ、やけに冷たい尻をしている、と思ったことだけが微かな記憶として残っている。

雲霧 1

もし地獄があるとすれば、こんな場所かもしれねぇと密かに思っていた恒道館での日々からやっと解放された。
ストーカーくノ一、お妙に神楽らによってたかって玩具にされた心の傷は、当分癒えそうにねぇ。
おれの目の前に出されるものと言えば、ダークマターか薙刀だけ。そんな拷問まがいの待遇だったにも拘わらず、近藤には謂われのない嫉妬心を向けられ閉口もしたし。
ああ、あいつは女を見る目がねぇな。そもそも女ってもんを知らなすぎるんだろうな。
その点ではおれも人のことは言えやしねぇ。清いお付き合いどころか、爛れたお付き合いですら碌に縁がねぇ。
それで全然困ってねぇところに我ながら困っちまうっつーかよ。
これはもう、あれだ、あれ。幼児体験におけるトラウマってぇの?
なにしろ盛りがつくずっと前から、そこらの小町娘を束にしても足元にも及ばねぇのが身近にいたんだ。もう生中な女じゃ全然満足できねぇわけ。
そりゃ男だから、あっちの方は正直に反応するし、機会さえあれば据え膳はきっちり頂きますけど、頭というか心が満たされねぇ。銀さん、これでもデリケートなんで…。
あーあ、なんであんなのが普通に側にいたかな?銀さんのそっち方面での不遇は、全部あいつが元凶じゃなくね?そうだよね?
おれの頭には、監禁されている間会うことが叶わなかった幼なじみの憎たらしいほど整った顔が浮かんでいる。
あいつがいればおれはもう充分なんですけどね。や、あいつも男なんだけどよ。
これはもう、一生かけて責任をとってもらわねぇとおさまんねぇーおれは奇妙な言いがかりを捻り出すことで、やっとヅラの隠れ家に向かう許可を己に与えた。

「銀時、久しいな。もう怪我の具合はよいのか?」
開口一番、おれの心配をするヅラ。こういうとこ、可愛いじゃねぇか。
ヅラの方も順調に回復しているようで、いつものように真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐに姿勢を正し、早々に灯した明かりの中で書き物に励んでいる様子。
「おう、おれもすっかりよくなったぜ。お陰でさっき恒道館から無事釈放されたって訳だ」と機嫌良く応えると、チッーと小さく舌打ちするのが聞こえた…ような気がした。
え、なに今の?舌打ち?違うよね、空耳だよね?
「で、その足でおれの所に来たのか、貴様?」
なんか険のある声なんですけど、ヅラ君…。とても恋人の全快を喜ぶ風には見えないんですけど…。
「ちょ、なんかおめぇ迷惑がってねぇ?」
さすがに傷つくんですけど。おれの方はずっと会える日を待ってたってぇのによ。
「…確かに歓迎はしていない。怪我が治ったのは重畳だがな」
「なにが気に入らねぇってんだよ?」
「貴様が真っ直ぐおれに会いに来たことだ」
うわー、なんてこと言ってくれちゃうんわけ?さっきのナシな、前言撤回!こいつを可愛いなんて思ったの取り消しな!
「なんでそんなつれないこと言うわけぇ?」
なるべくおどけた口調で言ってはみるが、内心はンな穏やかなもんじゃねぇ。
なんでこいつに邪険にされるのかが解らねぇ。なのに、その理由らしきものは嫌というほど簡単に思い浮かぶのだ。それも幾つも。われながら嫌になる。
「今回は大人しく養生していたようだが、これまでの貴様の行いを振り返ってみろ」と、ヅラはため息混じりで言う。
これまでの行いって言われてもなぁ…。人並みに良いことも悪いこともやって来ましたよ。みんなそうやって大きくなったよね?ヅラ君だって。
なに、おれなんかやったっけ?やっちゃったっけ?
あ、ひょっとしてあの「ミザリー未遂」事件がバレてる?おれ、あいつのケツから蝋燭抜いてやろうとしただけなんだけど。なんかおれが入れたことになってんのかな?そうなのかな?
「違う、違う!あれは誤解だから!おれやってねぇから。マジで、信じて!?」
「何の話だ?」
知ってるんでしょ?知ってておれをいたぶってるんだよね?
「や、だから磯村君の蝋燭…」
「なにを言っとるのだ、貴様?てか磯村って誰だ?」
ちぇ、関係ねぇみたいだな。ゲロって損した。
「や、知らないんだったらいいんです。忘れて下さい」

不思議そうに小首を傾げるヅラに、慌てて言い繕った。けど、そんな可愛い仕草されちゃたまんねーよ。そもそもここに来た理由ってのを痛いほど思い出しちまったじゃねーか!
「それだ!」
「は?」
「それがいかんのだ、銀時」
さて、この人はさっきから何を言ってるんでしょう。
「今、貴様が考えたようなことだ。そもそもそれでおれの所に来たのだろうが!」

うわっ、バレてるよ。これまでの行いって、そーゆーこと。納得。おれ、怪我したらしたでおまえが欲しくなったし、治ったら治ったでやっぱりおめぇが欲しくなる。や、そもそも怪我なんかしてなくったって、四六時中………。
でも…。

「おめぇは嫌なの?」
「ああ、嫌だ」
マジですかー!!!
「貴様はおれの都合もなにも聞きもせんし、もとより一切気にかけようとせんからな。時として非常に迷惑でしかない」
うわー、おれちょっと立ち直れそうにねぇわ。そんなこと思ってたんだ、ヅラ君。まじでショック!
「だが…」
だが、なに?おれ中途半端な慰めじゃ足りねぇよ。もう人生のテンカウント聞いちゃった気がするもの。
ヅラは、それまで話ながらも続けていた書き物の手を止めて、筆を置くと、
「一番嫌なのは、そんなおまえを拒めないおれ自身だがな」と囁くように続けた。
前言の撤回の撤回!こいつ、今日はやっぱめちゃくちゃ可愛くね?


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