雲霧 2

たった一言に煽られ、自分でも呆れるほどの性急さで、おれはヅラの着物を剥いでいった。
素肌に触れる空気が冷たいのだろうか、細い肩がひくりと竦む。
両の手で包みこんだら、とても冷たい。
いつだっておれの手が触れたところだけほんのりと温まるので、おれはもっとヅラが温まるようにと願いながら、手を二の腕から背中の方へと少しずつずらしながら滑らせていく。白磁の肌の滑らかさをも愛おしみながら。
初めて抱いた時も、こいつの躯はどこもかしこも冷たかった、とおれは思い出す。
それだけじゃない。おれが覚えてるのはそれだけじゃ…。
初めて女を抱いた時、おれはなんの感慨も抱かなかった。

ただ、女の尻のあまりの冷たさを不思議に思っただけだったのにー
初めてこいつを抱いた時のことは鮮明に覚えてる。
なぜかって、そりゃ何度も何度も反芻したからに決まってる。
目を開けたままで、閉じたままで。
昼日中に、夜に。
寝ても、覚めても。

実際、こうやって今のおまえを抱きながらも、おれはあの日のおまえの姿をそこに見出して驚くことがある。

おめぇはちっとも変わらねぇ。いつも、いつだって、おれの一番愛おしいものだ。
胸の奥から熱い固まりがこみあげてきて、たまらずおれはヅラの顔をのぞき込む。そこにもあの日の面影があった。
ヅラはあの日と変わらず優しげな瞳でじっとおれを見返してくる。
「なに見てんだ?」
「おまえの目」
「なにか見えんの?」
「もう亡き師の年齢を超そうかというのに、未だ己を律する術を見いだせぬ男の顔が映っている」
「おめぇの目にも」
「なにが映ってると?」
「そんな奴が好きで好きでたまらねぇ男の顔だ」
本当は、情欲に囚われた物欲しそうな男の顔。だが、そう言ってやるとヅラはくすぐったそうにくふんと小さく鼻を鳴らした。

「…いや…だ…」
ヅラはまだ明るい中で躯を開かれることに慣れてくれない。そんなところもあの日と同じだ。
座ったままのヅラを押し倒した結果、書き物机の上の明かりを嫌がって、ささやかな抵抗にあうのは目に見えていたのだけど。
「本当に…い…やなんだ、…銀時…」
唇どころか、顔中、体中におれが落とす口づけの雨を掻い潜るように身を捩らせながら、ヅラはなおも抵抗を試みる。
「悪ぃ、おれもうちょっとでもおめぇを離す気ねぇし」
その白い裸身をようよう押さえ込んで、おれは答える。
ヅラはほんの少し悔しそうに唇をかんだが、それきり大人しく瞳を閉じておれの唇と手があちこち好き勝手に彷徨うのを許した。
額から始めて、目尻から頬骨の当たり、耳元から首筋にかけて順々に辿っていく。
鎖骨を滑り、薄紅色の突起を口に含んだ時、おれは突然冷水を浴びせられたような不快感を覚えた。
手が傷に触れた。

初めて存在を確認した新しい傷。紅桜の。
傷をつけた奴はむろん、肌に残る傷そのものが憎い。
だが、今おれを浸食しようとしているこの感情は憎しみではない。
傷つけたものはこの手で屠った。

だがー。


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