雲霧 4

「ぎ…ん時っ!」
足を掴まれているので腰だけをびくびくと跳ねさせながら、ヅラが苦しそうに叫ぶ。
「なぁに?」
求められているものを百も承知で、おれはそれを与えてやらず、左右の足を舐め続ける。
なんの為に?多分おれはこうやって意趣返しをしているのだ。
正体を知らない誰かに。それを明かさないヅラに。
「も…無、理…だ」ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、珍しくヅラが弱音を吐く。
余程キツイらしい。
「そ?」
じゃーとおれはその体勢のまま、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「くっ、ぃああっ、あー」
たったそれだけのことで、声を抑える暇もなくヅラは達し、自分の腹に白濁をぶちまけた。
「あーあ、こんなにしちゃって…。ちょっ、タンマな」
おれは仕方なしに一旦ヅラの中から撤退することを決めると、散っている全ての精を舐め取った。
「多いしなんか濃くね?たまってた?」
口の端に付いたのも長く出した舌でベロリと舐めてからヅラに聞いてやると、真っ赤になって睨みやがる。
ああ、いい目だ。こいつはこうでなくちゃ。
「おれ…は、おれ…だって怪我人だった…のだ、ぞ」
あがった息で、そう途切れ途切れに言ってくる。

そうだね。で、誰かに手当てして貰ってたんだっけね。くそっ。
またぞろ不愉快なことを思い出しちまったじゃねぇか。
ヅラが悪いわけではないと知りつつも、どうあっても自分を律せないおれは、無言で己を埋め戻し、そのまま闇雲に突き上げた。
「ひっ…。ぅう…ああっ、くっ…っ」
おれが必死に腰を打ちつけ続ける度、柔らかな内襞が絡みついてきて痛いほどだ。
ヅラはもう喘ぐのに必死という有様で、自分が両の目からぽろぽろ涙を零していることにも気付いていない。 涙で頬に張り付いた短い黒の絹糸が妖艶だ。
そんな様子を見ているとおれの方が先に限界を迎えそうになり、慌てて自身をもう一度引き抜いた。
物足りなさそうに眉を寄せるのを確認してから、ひくついておれを強請り続けている入り口付近をつついてやる。
「あ、ぁ−っ」
逃げるためではなく、快楽になんとか耐えようと首を左右に振る度に、揺れる髪が短さが気に障る。
くそっ!腹立たしさを全部劣情にすり替えて、おれはその後ひたすらヅラを貪った。
なぁ、誰が触れた、この傷に?誰が癒した、この傷を?このおれじゃなく!

できることなら、こいつの心臓をえぐり出して、直接問いただしてみてぇ。そんなことがおれに出来るのならば、だ。


「なにかの意趣返しか?」
事後の気怠さの中で、まだ呼吸の乱れが収まらないヅラが力なく聞いてきた。

「なにが?」
「とぼけるな。貴様、途中でなにかに腹を立てたろうが?急に乱暴にしおって」と躯ごとそっぽを向く。

「別に…腹を立てた訳じゃねぇ」

嘘だった。けれど、このやり場のないどす黒い感情をどう説明すればいいか解らないので、それ以上いうべき言葉を見つけられないだけ。
「どうせまた碌でもないことを思いついて、一人で勝手に腹を立てたのであろうが」
ヅラが背を向けたままポツリと鋭いことをいう。解ってんじゃん…ヅラのくせに…。
「…そんなんじゃねぇよ…」
やっぱ嘘だけど。
おれが肩に今日何度目になるかわからない口づけを落としながら答えると、ヅラはやっとこっちに向き直る。

「では、なにを考えていたのだ?」
「…おめぇのこと」
これは嘘じゃねぇ。
ヅラはほんのわずかな間、探るような目でじっとおれを見ていたが、小さく出した舌で唇を湿らせて口づけをねだり、その先の動作を促した。
解ってる。これはヅラの罠。なにもかもをお見通しの上で、騙そうとも誤魔化そうともせず、おれをただあやそうとしているだけ。
それでも、今日はまだその感触をゆっくり楽しませてもらってなかったっけ…と思い出してしまうと、そんなことはもうどうでもよくなってしまい、誘われるままに紅唇に深く口づけると再びその熱い裡に自分を埋め込んだ。

それでも、あの日言えなかった言葉は今なお、突然おれの頭に去来してはその度におれを苛立たせ続けている。


戻る次へ