「おはようございまーす」
そう声を掛けても返事は、ない。
ま、仕方ねぇか。
こんな掛け声一つでほいほい出てこられても困りまさぁ。
ねぇ。

「重五」1

「おはようございまーす」
そうと解ってて性懲りもなくおれは声を掛ける。
家の中からは物音一つ聞こえてこねぇが、なぁに、いるのは判ってるんですぜ?
ほら、こんな所まで独特の青臭い匂いが漂ってきてまさぁ。
今日は端午の節句、あんたがなにしてるか想像はつきますぜ、桂、いや、ヅラ子さん。
「おはようございまーす。こちらにヅラ子さんご在宅でやしょうか?おれぁ真選組の…
「この馬鹿者っ!」
名のりを終える前に玄関の扉ではなく横手の窓が派手な音をたてて開かれ、家の中から一喝された。
ひょこん、という感じで白い面が窓から突き出され、こっちを見ている。
「なぁんだ、やっぱいるんじゃないですかい」
「とぼけるな!いると知っておってのことだろうが」
「そりゃ、お互い様でしょうが」
あん…ヅラ子さんだって居留守つかってたんでしょうに。人のこと言えねぇでしょうが。
「…で、何の用だ?」
おれの言葉を完全にスルーして、単刀直入に話を切り出すのがこの人らしい。
「これをね…お返ししようと思いやして…」
おれはそう言って先日の重箱を下げている右手を上げて見せた。
「遅かったではないか」
「だから、間に合うようにと思いましてねこうやって朝からお邪魔してるってわけでさぁ」
今日という日にーとは言わず笑って見せた。
「ギリギリセーフというところか」
それだけ言うと、窓から顔が引っ込んだ。
前のように帰れ!だのどうやってこの場所が判っただの聞かれることを覚悟していたのでちょいと拍子抜け。
理由を考える間もなく、今度は目の前の扉が薄く開かれ、そこから白い手が突き出された。
そして、掌がひらひらと揺らされる。
どうやら手渡せ、ということらしい。
素直に渡す気なんぞ端からないおれは、その手に左手で隠し持っていたものをそっと置いてみる。
花菖蒲。
菖蒲湯には向かねぇが、知らないふり。
おっかねぇ顔の天人が営む花屋の店先で見かけ、つい求めてしまった。
花菖蒲には珍しい馥郁たる香りに魅せられた。
重箱に入っていた料理の礼代わりと言い訳をして。
地球産じゃねぇかも知れねぇが、花はやぱり香った方がおれぁ好きだ。
白い指が開いたり閉じたりしている。掌に置かれたものの正体を掴もうとしているらしい。
そんなことをしているとー
「あーあ、落っことしちまいますぜ」
可哀相でしょうが、せっかくの命が。
嘆息混じりに罪悪感をちくちくと呼び覚ますように呟いてやると、案の定、扉の隙間が広くなる。

ほうら、また琥珀色の瞳がのぞいた。
捕獲完了…ですかねぃ。


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