重五 13

「銀…時、ど、うし……た?」

苦しげな喘ぎの合間にともすればかき消されそうになる程、途切れ途切れの言葉を桂が紡ぐ。
敷布も何もないガランとした部屋で銀時に荒々しく抱かれ、細い肩を上下させることでやっとつく息も苦しげだ。
そんな桂を銀時はどこか意地の悪い目で眺めながら、既に繋がっている奥を掬い上げるように深く突き上げた。
桂の問いに答えてなど、やらない。
ああっ、と甘いと言うより切なげな声を小さくあげ、先に達した桂の痩身と繋がったまま、銀時は更に責め立て続けていく。
あまつさえ、たまりかねたように眉根を寄せ苦しげに左右に振る首の、その青く浮き上がった静脈に情け容赦なく食らい付いた。
果て、脱力していた桂の身体は急に与えられた痛みにびくりと跳ねあがるが、それすら銀時が腕に力を込めて閉じこめてしまい、自由な動きは一切許されない。
自分を思って好物の餅はすべて桂自身が手がけたという事実は銀時の優越感をくすぐりはしたものの、肩に手を置いただけで目を閉じた桂の珍しい従順さに今度は腹を立てた。 銀時は、それが桂の後ろめたさの表れではとの疑念にとらわれている。

「ぎ…ん、…と…き?」
様子のおかしい銀時にとっくに気付き、何度も名を呼び真意を問い質そうとする桂の、その声も銀時のささくれだった感情を宥めることはできない。 普段はなりをひそめている銀時の加虐心をただ、煽る。
「黙ってろや」
鋭くそれだけ告げると、今度は柔らかな耳朶に軽く歯を立ててみる。
またしても身を竦める桂を許さず、繰り返し繰り返し執拗に甘噛みをし、わざと大きな音をたてながら舐め回す。
桂は面白いほど銀時の動きに連動して喉を仰け反らせ、呻きとも喘ぎともつかない声に喉を振るわせ続ける。
その繰り返しが、銀時の征服欲を徐々に満たしていく。
「なぁ、おまえが誘ったの?」
先ほど桂に黙れと言った舌の根も乾かぬうちに、銀時が問い質す。
もう、これ以上我慢出来ない。
黙って見過ごすなんて無理だ。

「リ…ダーに、聞い…て、なかっ…た…の、か?蓬、を摘ん、だ、とき…に、約……うっ、あああっ!!」

それまで甘噛みされていた耳朶を思い切り噛まれ、桂は苦痛に叫んだ。
「誰がそんなこと訊いたよ?」
はぐらかしてんの、おまえ?わざとなの?
おれが訊きたいのは沖田のことに決まってんじゃねーのとはさすがに面映ゆくて口に出来ず、銀時はその苛立ちを腕の中の桂にぶつける。 理不尽だとは解ってはいる。頭で解ってはいても、心が納得しない。こと桂のことになると感情をコントロールするのが困難だ。
で…は、沖田のことか?
生理的な涙を浮かべたその瞳が銀時に問い、銀時もまた、眼差しだけで諾とこたえた。
銀時から聞きたかった問いの答えをやっと受け取り、桂は苦痛と快楽のただ中にありながら微かに笑んで見せた。
そんなこと、あるわけがなかろう?
その笑みは確かにそう告げていて、銀時は安堵の息を吐いた。
「じゃ、なんで?」
すべての動きを止め、銀時は真っ直ぐ桂の目を見て問う。
「花菖蒲だ」

普段、つまらないことには舌がよくまわるのに、肝心なことには訥弁になる銀時の癖。
それをすら愛おしく思ってしまう自分に苦笑しながら、桂は銀時に負けず劣らす言葉少なにかえしてやる。 息があがっているからだけではない。ここで饒舌になってはいけないからだ。 その雄弁さが、また銀時にあらぬ疑念を抱かせることになることは、桂も心得ている。

「意味わかんねぇよ」
「放っておけばむざむざと命を踏みにじることになったやもしれんのでな」
仕方なく、だ。
「やっぱ訳わかんねーんですけど」
「そうか?」
段々いつもの調子を取り戻してきた銀時に、つい笑みがこぼれる。
「ちょ、おまえなに笑ってんのー?」
こんな時に、信じられませんよ、銀さんは。
「すまん、あの花に免じて許してやってくれ」
今日は子供の日なのだろう? 「…貰ったんだ、あれ?」
「ああ。あやつは花菖蒲と菖蒲の区別もつかないらしい」
な、子どもであろう?ものを知らぬ。それが少し不憫でな。花にとっても、奴にとっても。そう言って、桂は苦笑いをする。
その笑みがあまりにも綺麗なので、銀時もそれ以上は何も言わない。言えない。
わざとじゃねぇの、それ、とは。
花一輪で籠絡されちゃったわけ、とも。

その代わり、なんの前振りもなく再び桂をひたすら貫き続ける行為を再開させた。 激しく、ただ、強く。
先ほどまでとは違い一切の苦痛を与えられず、快楽のただ中に突き落とされて桂はひたすら喘いだ。
その合間に、時折、銀時の名を呼びながら。
己が名前が甘いだけの声で紡がれることに愉悦を感じながら、それでも銀時は思わずにいられない。
莫迦はおまえだ。
そして、おれだ。
こいつは花を散らさないよう、自らの手で抱えていくつもりなのだろう。新しい住み処へ。
自分の腕から解放されたら、すぐにでも。
わざわざ花を残しておいた桂の真意を思い量りながら銀時は、紫の花を胸に自分の知らないところへ遷っていく桂の姿を 思い描いた。腕に持つ花よりもなお華のように艶やかな男の姿を。
連れていけ。そんな花なんぞうっちゃっておいて、このおれをこそ。
置いていけ。その花を求めた男の気持ちなど、知らぬ顔を決め込んで。
小太郎…!

無理な話だと重々承知の上で、そんなやくたいもないことを思いながら、銀時もまた押し寄せる甘美な痺れに我を忘れた。



花菖蒲の花言葉は
忍耐
諦め

そして

あなたを信じます


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