重五 12

「今日はまたえらく悠長じゃねぇか」
とっくにいなくなってるもんだと思ってたのによ。

銀時が桂の元を訪れたのは、もう日も暮れようかという頃。
桂のことだから、とうに新しい隠れ家に遷っているかもしれないことは考えてあった。むしろ、その可能性の方が高いことも。
それでも、足が向くのを止められず心の命じるままに訪れてみたのだ。
桂がいなければいないで、あいつらしい用心深さだと納得できるーと己に無用な言い訳をしつつ…。
それがどうだ。
意外にも煌々と灯る明かりを見つけてしまい、喜んでいいのか驚けばいいのか解らず、銀時はただ困惑した。

なるべくいつもの風を装い、ズカズカと無遠慮に上がり込んでみると、奥の間に姿勢正しく座っている桂がいた。
ガランとした部屋で、その姿はいつもより更にか細く見え、うっかり溜息をつきそうになるのをどうにか堪えると、出来るだけ投げやりな調子で、その 静かな横顔に話しかけた。
やはり引っ越しをする心づもりらしく、部屋に残っているのは花瓶に生けられた花菖蒲と、小さな折。そして桂本人くらいのようだ。
あのペンギンもどきの姿も見えない。
「引っ越すさ。だが、貴様のことだ、どうせ来るに違いないと思ってな。こうして待っておったのだ」
やはり、来たな。
そう言って桂はふふん、と得意げに笑う。
「ちょ、なに勘違いしてんの?おれはただ餅が食い足りねぇからもっとよこせって言いに来ただけよ?」
「ああ。そうだろうと思ってな、ちゃんと取り除けておいてやったぞ」
リーダーは器だけでなく胃袋の方も大きいようだからな。
「……珍しく気が利くじゃねぇか」
「珍しくない、桂だ」
桂はそう言うと、つ、と前の小さな折を指し示した。
あああ、もう。なに、こいつ。
なんでこいつはいつもこうなんだ。本気でおれが餅食い足りなさに来たと思ってやがる。
口先では桂に話を合わせながらも、銀時の心の裡は複雑だ。
神楽からここに沖田が居たと聞いて、矢も楯もたまらずに駆け付けてきたーと、桂に思われたくはない。
が、頭から餅欲しさ故と思いこまれているのには不満だ。
つまらない見栄とプライドだが、それを放り出して桂にこの胸のもやもやをさらけ出す術を銀時は持たない。
そうでなくとも桂には、自分の根幹ともいえるなにか大事なものをとっくに握られている気がしているというのに。
そこで仕方なく、銀時は折りに手を伸ばすと、見たくもない餅と対面するために嫌々蓋を取ると、 「また莫迦の一つ覚えみてぇに同じのばっか入ってやがる」
と忌々しげに呟いた。
「嫌か?」
「嫌じゃねぇけどよ、なんかおんなじ餅ばっかり行列作って並んでると、なんかあれみてぇでよ」
「あれ…とは?」
「よくわかんねぇけど、どっかの国で大昔に偉いさんが死んだ時一緒に埋められてた人形みたいな奴」
みーんなおんなじ方向いて立ってて気持ち悪ぃの。
「貴様が言うのは兵馬俑か?」
「ああ、なんかそーゆー感じの名前だったわ。ヨーヨーマ的な」
「どんな耳をしている!似ても似つかんぞ!」
「かてぇこと言うなよ、とにかくそのマーマーヨかパーパーヨみてぇってこった」
銀時は一息にそう言うと、意を決して一口齧り付いた。
口の中にゴワゴワした違和感を感じ、しまった!と思った時はもう遅く、目を丸くして銀時を見つけている桂と目があってしまった。
「…貴様は柏の葉まで食うのか?」
「ほっとけよ、桜餅だって葉っぱごと食うじゃねぇか」
「あれはちゃんと塩漬けしてあるわ!」
「おれは塩漬けの葉っぱ嫌いなんだよ、しょっぱくて。柏の葉も桜の葉も似たようなもんじゃねぇか」
「兵馬俑とヨーヨーマくらい似ておらん」
「少しは似てますぅー」
それを聞いた桂がハッとしたように言葉を止めると、銀時も流石に口を噤んだ。
なにしろ、自分でも拗ねていると丸わかりの口調だったのだ。気まずさのあまりおそるおそる桂の方を見てみると、先ほどまで銀時を睨めるようにしていたはずが、 今は、ただ気遣わしげな表情を湛えて眉根を寄せている。
「銀時…」
「んだよ」
「兵馬俑はな、確かにどれも全く同じように見えるな」
「あ?」
何を言われるのかと警戒する銀時に、桂が突拍子もない話をし始める。 そういう常人では推し量れない言動を桂がとることに誰よりもなれているとはいっても、 銀時もこの話がどこへ向かうのか全く予想だに出来ず、ただ、桂の口元を眺めていた。
「だがな、よく見ると一体たりとも同じ顔のものがないのだそうだぞ」
その餅もな、どれも同じに見えるかもしれんがおれが一つ一つ作ったのだから、どれもどこか他とは違うはずだ。
だから、おまえの言う通り、兵馬俑に似てるのかもしれん。
慰めてくれてるのかもしれないが、牽強付会もいいところの口舌にさすがの銀時も呆れ、「これ全部、おめーが作ったやつ?」と言うのが精一杯。
神楽や沖田じゃなくて、とは言わなかったが桂には伝わるはずだ。
「リーダーから聞いておらぬか?白い餅は全部おれが作ったぞ」
なにしろ、それこそ莫迦の一つ覚えのように、貴様は漉し餡が好きだったではないか、と桂が懐かしそうに微笑んだ。
「あ、そ…」
「そうとも」
だからな、人に任せる気はせなんだ。
当たり前のことだといわんばかりにさらりと言われ、ここに来てから何度目かの居心地の悪さを感じた銀時は、それを振り切るかのように素早い動きで桂の方に手を伸ばした。
「あのさ、もう荷造りはみんなすんだわけ?」
「ああ、見ての通りだ」
なんだ、手伝ってくれるつもりだったのか?それこそ珍しい、と的外れなことを言う桂に、銀時は苦笑しながら「ちげーよ、気が利かねぇ奴だと思ってよ」と言った。
「貴様、さっきと言うことが違うではないか」
「バーカ、おれが来るの待ってるくれぇなら、夜具の一式ぐらい残しとけっつーの」
にたりと笑う人の悪そうな笑顔に桂は肩を竦めると、莫迦は貴様だろうに、と短く言い、 肩に置かれた手を振り払うことなく目を閉じた。


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