人間つかないですむもんなら、嘘なんてつくもんじゃねぇ。
けどよ、わかっていてもつかなきゃなんねぇ事もある。
つきたい嘘も。

当たり前だが、それでもやっぱり嘘は嘘でしかねぇんだ…。

「星宿」 1

この前とは打って変わって今夜は星が多い。まるで振ってきそうじゃねぇか、と土方は空を見上げながら独りごつ。
あの夜。
捷い沖田にまんまとしてやられた時の事を思い出すと、土方は今でも飲む煙草の量が増える。
ヅラ子と共に姿を消した沖田は、それでもすぐに近藤や自分の元へと戻ってきたというのに。
沖田が追い付いたのが早すぎることを気にして問いかける近藤に、丁度お連れさんが迎えに来てくれやしてね、と軽く答えた声が未だ耳にこびり付いて離れない。

「ざまぁねぇな…」
それが、屯所を出てから何回目かの独り言であることに気付いた土方は、一旦歩みを止めると気持ちを切り替えるようにしゃんと背筋を伸ばした。
そのくせ、すぐに先ほどまでよりも心持ち背を丸め気味にする。
彼は今から土方十四郎であることをやめ、もう一人の人格であるトッシーへと変わるのだ。
服装で外見は簡単に変えられても、中身はそうはいかない。かなりのストレスを課し、羞恥心共々本来の己を殺さねばならない。
そうしておいて彼は今日も手にかける。
かまっ娘倶楽部の扉に。

「…でね、朝一で並んでいたのに買えなかった本があるんだ。季節外れの小さいコミケだったから参加者は数万人程度だったんだけど、人気サークルさんのはやっぱり友達と手分けしないと…」
「ほう?稀覯本を求めてそんなに多くの者が一堂に会するとは…そのこみけとやらはなかなか面白そうだな」
や、絶対勘違いしてんな。
稀覯本なんかじゃねぇんだよ。
中には「白いポスト」行きを免れねぇ様なもんがごまんとあんだよ。 情けねぇ事にまたその手の本がおれの部屋にゴロゴロしてやがった。
土方は予習をして仕入れてきたオタクらしい話を一生懸命ヅラ子に語る。
ヅラ子は素直に感心したり、驚いたりしている。
なにもそこまでしなくとも、話を聞いているヅラ子自身がその手の話に全く疎いのだから適当にあしらっておけばよいのだが、上手の手から水が漏れるということすらあるのだ。 生半可な知識でもつけておくにこしたことはない。
また、桂、ヅラ子がどんな話でも熱心に聞き、新しい知識を得ようとする姿勢を見せるので、中途半端に誤魔化すわけにもいかない。
それがいくら的外れな解釈をともなったものだとしても、その貪欲な知識欲に土方は時として圧倒されてしまう。
だからこそ、くだらないと思いつつもその熱意に応えたくなってしまうのだ。
なにより、話の内容はともかく、ヅラ子が自分の話を熱心に聞いてくれることが土方には殊の外嬉しい事には違いない。

無論、本当はそんな話はしたくない。
出来れば真っ先に尋ねてみたいのは先日の件。
あれから沖田と何を話した?
沖田はあんたに何か言ったか?何かしたか?
あんたを迎えに来たのはやっぱりあの万事屋なのかーと。

だが、トッシーには訊けない。
あの夜ヅラ子と出会ったのは、トッシーではなく土方だった。
トッシーには土方としての記憶があっても、沖田のことを気にする理由がない。
だから、訊けない。
だが、訊きたい。

それからも、内なる葛藤を抱えながら土方は、買い逃した本を通信販売で手に入れられた経緯や、 大量の本の収納について等、トッシーとして表面上は楽しくヅラ子と語り合って店を出た。

おれは、なにをやってんだ…。
店内でヅラ子と言葉を交わしているときはいい。
だが、一旦店から出てしまうと、その仮初めの楽しさがこの頃ではかえって土方を苦しめるようになってきている。
ヅラ子が、桂が微笑んでいるのは、楽しそうに話を聞いてくれる相手は自分ではなくて、トッシーなのだ、と。
トッシーも自分には違いないのだろうが、土方当人にしてみれば、それは間違いである。
己はあくまでも土方十四郎であってトッシーなどではない。断じて!
一つの身体にたまたま二つの魂が存在しているだけであって、それとても片方はあくまでもふってわいた災難が残していった影法師にすぎない。
そのくせ、自分はトッシーの存在を利用する形でしか一時の幸せを享受出来ていないのもまた事実。

どうしたものか…。
これから店を出てくるヅラ子を待ちながら、土方は空転する思考を止められない。
ただじっと目をつぶり、こんな時の気休めになる煙草を吸えないことにイライラし始めていた。
だから
「ひ弱そうな坊やちゃん、夜は危険よ?」
お家まで送ってあげるからタクシー代貸してよ、と目の前に震える手を幾つも差し出されるまで、その男達の存在を気にも留めていなかった。




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