「鈍色の」 中篇
銀ちゃん、ヅラあるよーと神楽が桂の来訪を告げたのは、鏡開きをとうにすぎたある日の昼下がり。
たまたまという風を装ってはいるが、なに、神楽にお年玉を、新八には銀時の様子を見るように請われてやってきたに違いない。
案の定、開口一番「なんだ正月ボケか貴様、客人はもっとしゃきっとした顔で迎えるものだ」お小言をくらった。
「誰が客人だ。客人ってのはもっとこう……」言いかけて、銀時は口を噤んだ。なにしろ桂ときたら、いつもの着た切り雀はどこへやら、羽織紐からして一目で判る上質の一張羅で洒落込んでいるではないか。
「どっか行くのか?」そうとしか考えられないのに、銀時は間抜けのように訊いた。
「初詣だ」
今頃?てか、大晦日の夜に神社にいたじゃねぇか、なのになんでよ?
新たな疑問が頭の中をぐるぐる回るが新八や神楽の手前口には出せず、やっと言えたのは「馬子にも衣装だな」。
「馬子じゃない、攘夷志士だ」
桂がお決まりのようなそうでないような返しをして「おれに憎まれ口を叩けるのだ、思ったより元気そうではないか」と言うので、銀時はやっぱり、と独りごちる。
「今の今まで半病人みたいだったんですよ」慌てたように新八が割って入り、「桂さん、初詣今からなら、この人連れてってくれません?」余計なことを言い添える。
「貴様、まだすませておらなんだのか?」
「呆れたように言うんじゃねぇよ、てめぇもこれからなんだろうが」
「まぁ……そうなんだが……」
訝し気に言うのを神楽と新八がせかし、銀時共々寒空の下に放り出されるようにして万事屋を後にした。
大晦日の夜とは違い殆ど人がいないのをいいことに、どちらからともなく肩を寄せ合うようにして長い参道を無言で歩く。それが思いの外心地よくて、我知らずゆっくり歩いているのに気づいて苦笑したのは銀時だけだったろうか?
途中、ちらほらと白いものが降り始めたのだけはあの日と同じだ。すれ違う人もない雪道を二人同じ歩調で進む心地よさは、けれど、手水舎で銀時が柄杓に直接口をつけたことを叱られて、あっけなく終わってしまった。
「ちゃんと左の掌に受けんか!」
「いーじゃん、冷てぇし。堅いこと言うなって」
「こういうことは作法通りにするものだ」
「んじゃ松の内を過ぎて初詣に来るのはいいんですか?」
あくまでも儀礼にこだわる桂に、つい憎まれ口を叩く。
「減らず口を叩くな。おれは忙しい身だ。一の鳥居までくぐっておいて、参拝をしなかった半端な貴様に言われたくはない」
「……それを言うなら」言いかけて、ふと気づいた。「そんな細けぇことまで新八から聞いたのか?」
いいや、と桂は頭を振り「大晦日の夜から調子が悪いとは聞いたが」、それが何か?と言いたげに銀時を見た。
「じゃ、なんで知ってんの?」
「いたであろうが、貴様。大晦日の夜、ここに」
え?なんで知ってんの?
「そんな不思議そうな顔をするな。貴様とておれを見たはずだ。あの夜、一の鳥居をくぐっておきながら、貴様がどこかに消えたのをはっきり見たぞ」柄杓を伏せ、拝殿に向かいながら「あのような時刻に子どもらを置いて帰るなどー」お小言は続く、
「狗どもも沢山いたこと故、大事にはなるまいとは思ったが、本来あってはならぬことだぞ」
「腹が痛くなっちまったんだからしゃーねーだろう」
桂が自分に気がついていたことに内心驚きながら、銀時はふて腐れたように言った。
「腹痛?貴様が?」心底意外そうに言うのに腹が立つ。
「おれはおめぇと違ってデリケートなんですぅ」
あんなものを見せつけられて、冷静でいられるか!
そもそもおれに気づいてたんなら、目配せのひとつくらいよこせってーの!
土方とはしっかり視線を合わせてたくせによ!
おれはあんだけ気づけ!と念じたのに、澄ました顔で無視してくれちゃって。しかもやっと会いに来たのは神楽と新八に絆されたからじゃん。今日何日だと思ってんだよ?
視線を合わせたはずの土方をも桂は無視したことはこの際忘れて、銀時は密かに悪態をつきまくる。
「ぼさっとせんといい加減貴様も拝まんか!」
一揖を加える律儀さで一礼までを流れるような所作で終えた桂に促され、銀時も時々桂に叱られながら(やれ賽銭は投げ入れるのであって投げつけてどうする!だの、超ウゼェ!)どうにか参拝を終えた。
雪の中、足元から冷えが這い上がってくる。が、珍しく二人きり、なんとはなしに去りかねて境内をうろうろしていると、夥しい数の絵馬が奉納されている一角にたどり着いた。絵馬には
どれも干支の絵が描かれていて、新年らしさをかもしだしている。
「おい見ろよヅラぁ!折願だとよ、折願!こんなお約束通りの間違いする奴、マジでいんだな」
どうやら絵馬に書き付けられた願い事を端から読んでいるらしい銀時が、大きな声を上げた。
「人様の願いを盗み見るなど失礼ではないか!」
「別に盗み見てるわけじゃねぇし。こういうところにデデーンと臆面もなく書けるような願い事なんざどうせ大したことねぇんだよ。うわ、これまた酷ぇ字!」
叱っても言うことを聞かず、はしゃぐ様子に呆れたのだろう、銀時が飽きるのを待つことにしたらしい桂が歩みを止めたが、銀時はそんなことにはお構いなしに、端から順に面白そうな絵馬を漁り続けた。
しばらくの間桂がその様子を眺めていると、「こっち来て見ろや、ヅラ!とんでもねぇ莫迦がいる!」かなり離れたところから銀時が呼ばわった。
「貴様の悪趣味に付き合うつもりはない!」
叫ぶように答えるのに、銀時は手招きを止めない。しかたなく歩み寄り、銀時の指す絵馬に目をやると……。
周囲にあるどの絵馬よりもデカデカとした朱文字で”今年こそ 死んで下せぇ 土方さん”と書き殴ってある。隠すつもりもないのだろう、ご丁寧に肩書き、記名ありだ。
「俳句?てか絵馬に書く必要なくね?普段から直接本人に言ってるじゃねぇか」
「……年がら年中莫迦なのだな」
「だろ?」
「仕事もしないで何をやっておるのだか」
「はあ?おめぇ、こいつらに真面目に仕事されちゃ困るんじゃねぇの?」
銀時は、そう訊かずにはいられない。
「それとこれとは関係ない。市民を守る仕事なら真面目にやってもらって大いに結構。むしろそうでなくてはならん」
「ふぅん……それって、この前のこと?」
「そうだ。あんな時によくもまぁ……誰か叱る者はおらなんだのか」
珍しく強く言うのに違和感がますます強まり、「じゃあよ、鬼の副長がそんな大事なときにおめぇを丸っと無視してたのはどういう訳?」とうとうドストレートに訊いてしまった。
桂は「なるほど……嘘の腹痛の原因はそれか」呆れるように言い、「大事な時だかからこそだ。それに、無視したのはおれというより、おれと連れの二人だ」そっけなく付け加えて苦笑いする。
連れ!?連れがいたのかよ。
誰だか知んねぇけど、そっちの方が問題じゃね?
それ誰?とこれまたストレートに訊きたいが、腹痛が嘘だと見抜かれただけでなく原因まであっさりバレた以上、そう素直に訊くわけにもいかない。自分でもなんだかよく解らないが、沽券に関わる気がする。
一計を案じ「あのペンギンお化けもいたのか!そりゃ、あんなのと目ぇ合わしたくねぇわな。なんか吸い込まれそうだもんな」大仰に驚いてみせた。
「ペンギンお化けじゃない、エリザベスだ。可愛いエリザベスをあのような者と一緒にするでない!」
バレバレの下手なかまかけでも、ペット可愛さに目が眩むと見破れないものらしい。
あんなでかいのが側にいて、気づかないわけないじゃん!そこら中パニックになるだろうが!
相変わらず鋭いようで変なところが抜けている桂に苛つきはしたが、真面目に怒り出した姿に銀時はひとまず安堵した。
「お詫び」
すみません、この「鈍色の」、本当は全然違う話になるはずでした。
過激派攘夷浪士によるテロ行為を防ぐために桂さんと土方さんの秘密裏の共闘
→後で知って銀さんが理不尽に嫉妬→白夜叉降臨→18R
という展開だったんですが……。
桂さんと土方さんが(秘密裏に)共闘する理由の一つに、人質の人命優先云々というのがありまして。
今はとてもそんな話をどうこうする気にはなれず、全く別の話に作り替えることにしました。
既に半分以上書き上げていたものを、急遽、別の続きをねつ造したせいで、いつも以上に粗の目立つ話に仕上がっているかとは
思いますが、どうかお許し下さい。
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