春ごとに 花のさかりはー其のじゅうはちー

「この雨でずいぶんしなだれちまったようだな」
八重の花が重そうに葉陰に垂れている。
どうせなら花見は晴れてるときにやるべきだ。
今更言ってもしゃーねーけど、こいつには景気よく咲いているところを見せてやりたかった。
「何を言うか銀時、この花はもともと垂れて咲くのだぞ」
だから、雨など関係ない。
「マジか?」
「ああ。葉陰にしなだれて咲く様が雨宿りをしているようだから、雨宿、だ」
「んだよ、しょぼくれた花だな」
「そういうことを言うものではない。桜はなにも人に見られるために咲いているのではないのだ」
「そりゃ、そうだけどよ」
桜が雨に打たれている様や風雨に無理矢理散らされる様はきっと淋しげだろうと、そんな様子を見せたい訳じゃないのだから、と 弁当も我慢して雨の中すっとんできたっていうのによ。垂れてんのがデフォなんて聞いてねぇ。
「また、晴れたときに来ればよい。まだ散らぬ」
「なんでよ」
雨足が強まってきているのに、なんで散らないわけ?この桜、色だけじゃなくてなんか変わってんの?
「咲いたばかりの桜はそうそう散らぬ。かなりの強風でも散らぬものだ」
「そっか?なんか桜ってひらひらだかはらはらだか知んねぇけど、結構あっさりバーッと散っちゃうじゃん」
「それは己の役割を終えてからだ」
「はぁ?」
「貴様、まさか桜の役割が我々人間の目を楽しませるために咲くことだなどとは思っておらんだろうな」
桜に限らず花は新しい命を授かるために咲くんだろうが。
「それは、あれだな。恋をするとどんな芋姉ちゃんでも男ひっかけるためにきれいになるっつー」
「貴様の例えはなんでそう乱暴なんだ」
「でも、当たらずとも遠からずじゃん。花も虫や鳥をおびき寄せるために咲いてんだからよ」
「まぁいい。大筋では間違っておらんからな」とヅラは唇を少し尖らせはしたものの、それ以上文句を言わず、「だから、その目的を達しない内は簡単に散らされたりはせん」と続けるに止めた。
「潔く散る、というのは勝手なイメージか。結構図太いもんだな」
おめぇみてぇに。
「目的を達しさえすれば、その散り際は潔いと言えぬこともないがな」
ま、どんなものでも見方によっては評価が変わってしまうということだ。そんなこと、桜の知ったことではないというのにな。
それが、まるで自身のことを重ね合わせての言葉のようで、おれは思わずヅラをまじまじと見つめてしまう。
それに気付いたのか、ヅラは「目的を達するまでは散らぬ、その一点ではおれもこの桜と同じ気構えだ」
だがな、目的を達したからといって、おれはそうそう散るつもりはないぞーとにんまりと笑ってみせた。
「へーへー、おめぇは図太いからな」
「図太くない、桂だ」
「あー、もういい、黙ってろ」
軽口を叩いてはいても、まだ痛んでいるのであろう傷跡を避けて背中に手を回し、そっと抱き寄せてみた。
雨の中、微かに花の匂いがするのは雨に打たれて咲く桜と腕の中の黒髪のせい。
肩を抱く手にほんの少し力を込めれば、この願いが伝わるだろうか。
本当に、そうあってくれ、と。



春ごとに 花のさかりはありなめど あひ見む事は 命なりけり


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