春ごとに 花のさかりはー其のじゅうななー

「先程の桜は山桜でそれはそれで見事だったが…」
さっきヅラは神社に行ったと言ってたが、今度は寺。
結構大きくて人目につく寺で、桜も数が多く樹齢が古いのかしっかりした木ばかり。だから、遠目にも雲のようにもこもことした花の塊が 否が応でも目に入る。
それでも、人影はない。なにも雨のせいばかりではなく、その桜が持つ特色のせいだろう。大輪の花びらの色は桜色ではなく、白い。
「これはあれよ、なんてったかな…珍妙な名前がついてんだけどよ」
「雨宿」
「お、そうそう雨宿ってんだ」
「…ピッタリだな」
「名前だけじゃなんの役にも立たねぇがな」
そう言っておれらは互いの顔を見ながら笑い合った。
濡れた肩から雨がじんわりと染みてきて、片袖がほぼびしょ濡れ状態だったからだが、そんなことは大したことじゃねぇ。 おれたちが今、こうやって二人で花見をしていることが大したことなんだ。
二人で、いや、二人でなくともこいつを交えての花見なんて何年振りだ?5年いや、もっとだろうか。こうやってこいつと並んで桜なんぞ悠長に眺められる日がまた巡って来ようとは、 夢にも思ってなかった時期すらあったというのに。
生きてまた、会えた。
また、こうして肩を並べることが出来た。
雨だろうとなんだろうと、この瞬間を邪魔させるわけにはいかねぇ。
「おめぇは本当に色んなことをしってるな。くだらねぇことまで含めて」
「なんだそのもの言いは、褒められてるのか貶されているのかわからん」
「どっちでもねぇよ、ありのままを言ったまでだ」
「あまり好まぬ者も多いようだがな、おれはこの白い桜も好きでな」
だから、名を知っている。それだけだ。
ああ、うん。おめぇ白い花好きだよな。
梅でも、曼珠沙華でも、多分薔薇でも。
おれは覚えてる。 ヅラと違って艶やかで派手な色彩の花を好んだもう一人の幼馴染み。そいつがヅラに好みが辛気くさいとか何とか言ったことがあったっけ。 そうしたら、ヅラは「梅は梅で、桜は桜であるだけで美しい。それ以上華やかな色彩を纏う必要などない」というようなことを言ってそいつを面食らわせた。
今思い出してもガキの科白じゃねぇよな。 なに、その酸いも甘いも噛み分けてきました的な、一通り人生経験つんできました的な発言。
でも、こいつはガキの頃からそんな分別くさいことをさり気に言ってのける奴だった。
塾のみんなで花見をしたときもそうだった。花見といいながら弁当や団子に舌鼓を打ってたおれらと違って、こいつはホンモノの馬鹿みてぇに桜を見上げ続けてたっけ。
あれから何年たったろう。あれからみんなどうなったんだ?
そんなことは思い出せない癖に、桜を無心に見上げ続けるこいつの横顔とか、あの時の弁当の旨さだけは覚えてるって、おれ人としてどうよ?
違う違う、こいつの横顔を覚えているのはともかくとしてだ、弁当の方は…
「ヅラぁ、腹減った」
そう、ヅラを探し回ったせいでおれは朝も昼も飯を食い損ねているのだ。さっきまでは空腹なんてちっとも感じてなかったのに。現金なものでこいつと花を見るという目的を達した途端これだ。
「ヅラじゃない、桂だ。なんだ、花見はもう終わりか?」
「そういう訳じゃねぇけどよ、おめぇはちゃんと喰ったんだろう?」
「酒も飲んだぞ」
「なんでそんな得意げ?で、全然残ってねぇの?」
「ああ。そもそも荷は全て万事屋に置いてきたではないか」
残っていたにしても、ここにはないぞ。
「ったく、トッシーとどんだけ飲み食いしたわけ?そんな盛り上がっちゃった?」
「腹が減ると途端に思考がマイナス方向へ働く。わかりやすい奴だな」
「っせーよ!」
「飲んだのは主に近藤だ」
「近藤って、あの近藤か?」
「他に近藤なんて知り合いはおらんだろうが」
知り合いなの?あのゴリラ、”知り合い”っていう分類でいいの?ねぇ?
「おま、なんか最近変じゃね?」
「変じゃない、桂だ」
「ぼけてる場合じゃないからね、ここ、大事なとこだから!」
「おれのどこが変だというのだ」
「おめぇが変なのは昔ッからだとしてもよ、人間関係が変じゃないですか、って話だ」
なんで真選組と馴染んでるの?
「馴染んではおらん、向こうが勝手に寄ってくるのだ」
「なんでよ?」
「トッシーとな、仲良くしてやって欲しいのだと」
はぁ、なによ、それ?
「近藤に頼まれた。仲良くしてやってくれと」
頭まで下げられたぞ、とヅラはどこか自嘲気味な笑みを浮かべて思い出し笑いをする。
近藤の奴、余計なことを。
「トッシーは目を丸くしておるし、さすがの…」
ハッとしたように、ヅラはそこで話を切る。さすがの…なに?
おれはただじっとヅラを見る。
別に隠すようなものではないからな、と前置きするとヅラは「沖田も驚いていたようだ」と言った。
「沖田?ちょ、じゃおまえあの三馬鹿と一緒にいたわけ?」
「言ったであろう、向こうが寄ってきたのだ!トッシーを探しがてら、新しい花見の場所を開拓したかったみたいでな」
何でも貴様らと一悶着あったそうではないか。それで、今年は場所を変えようと言っておったぞ。
え、おれらが悪いことになってんの?おれらの方が先に場所とってたんだから、あいつらが悪いんじゃね?
けど、お互い似たようなこと考えたもんだ。おれもそれに懲りて、新しい場所を探している内ここを見つけた。
おれは互いに新しい場所を探したくなる理由になった花見バトルの一件をヅラに話した。
ヅラはリーダーの勇姿は見たかったな、と傘が揺れる程笑った。

雨の止む気配はまだ、ない。


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