夢の夢 前篇   ※莫迦話要注意!

「ヅラ子、どうする?今日も来てるわよ」
「…またか…困ったものだな」
「どうすんの?今日は雨だから、昨日みたいに屋根伝いには帰せないわよ」
「なんとか振り切るさ。気を揉ませて申し訳ないな、アゴ代殿」
「いいかげんにしなさいよあんた、あたしはあずみだっつてんだろーが!」
…一体何の話だろう?

もう店は閉まって、店内ではヅラ子たん達が後片付けをしている頃。
もう遅いからまっすぐ帰るのだぞ。気をつけてな、とヅラ子たんに言われていたけど、さっきの話が気になって僕は店の外で待っている。
時々、電線から落ちてくる雨粒が傘に当たって大きな音をたてるけど、それ以外は珍しく静かな夜で、静かすぎてちょっとおっかない。
おっかないと言えば、僕と同じく傘を差したまま、やっぱりずっと立っている男がいるのが気になる。時々僕の方をちらちら見る以外はずっと店のドアを見ている。まるで見張っているみたいだ。
ひょっとして、さっきアゴ代さんが言ってたのはこのことかもしれない。
これって…あれだよね。土方氏の上司、近藤氏もやってるストーキングってやつ?
ヅラ子たんが強いらしいのは知ってるけど、やっぱり心配だ。あの男、ちょっと怖そうな雰囲気だし。

「なんだ、トッシーまだ帰っておらなんだのか?」
その声に振り返るとヅラ子たんがいつの間にか僕の側に立っていた。僕もずっとドアを見ていたはずなのに、どうやって、どこから?

「ど、どどどど、どうして?ヅラ子たん?」
「訊いたのはおれなんだがな」
それには答えてはくれなかったけど、ヅラ子たんはそう言って小さく笑った。

「僕は、えっと…その…」
店の外で話をしたことがないので、僕はちょっと緊張してしまう。言葉が上手く出てこない。
ヅラ子たんはそんな僕をじっと見ていたが、「気にしてくれてたのか?」と訊いてくれた。
その言い方が、まるで僕の方を心配してくれているみたいで、僕はちょっとだけ恥ずかしくなる。
「あの…えっと…もしかしたらヅラ子たんが傘を持ってないかもって……」
悲しいことにちゃんとした言い訳も出てこない。
今日は朝からずっと雨。いくらなんでもヅラ子たんが傘なしで店に来ているわけないのに。
土方氏なら、こんな時なんて言うんだろうか?

「すまない、困らせるつもりはなかったのだ。きっと心配して待っててくれたのだな。ありがとう、トッシー」
ヅラ子たんはそう言うと、差していた傘をたたんで、「この傘、端の方が少し破れておるのだ。だから、助かった」と微笑んだ。
嘘だ。僕にだって解る。
この人は時々こういう優しい嘘をつく。

僕はヅラ子たんの微笑みにつられるようにして、そっと傘を差し掛けた。僕の傘は二人ではいるには少し小さいけれど、ヅラ子たんは何も言わずに入ってくれた。
あの男がわずかに身じろいだのが見えた…気がした。

「そこを右だ。角を三つ超すとポストがある。そこを今度は左」
ヅラ子たんがすらすらと道順を言う。まるで地図が頭の中に入っているみたいですごい。ヅラ子たんにそう言うと「当然だ」と短い答え。 僕はきっと不思議そうな顔をしていたのだろう、ヅラ子たんは「さもなければ沖田をまけん」と教えてくれる。
土方氏の名前を出さないのは一応僕も本人だから?それとも土方氏は眼中にもないのか?ちょっと気になる。
「今度は橋を渡ってすぐ右だ」
ヅラ子たんの声にはっとなる。いけない、今はちゃんと歩かないと。けど。

「ヅラ子たん、どこに向かってるでござるか?まさか、○ンピースのゾロの如く道に迷ってるんじゃぁ…?」
「おれが道に迷うか!追っ手がしつこいのだ」

えええええ、まだついてきてたのか!僕たち結構歩いたよね?
「なかなか尾行が上手だな。年季の入ったストーカーかもしれん」
「やっぱりストーカー?」
「そう…なんだろうな、多分。このところずっと店帰りのおれの後をつけておるのだ。毎晩のように遠回りさせられて辟易しておる」
「一度きっぱり断ったらどうなんだろう?」
「とっくに言ったさ。面と向かって手厳しく。で、このざまだ」
とヅラ子たんは肩を竦めて見せた。
「…そうなんだ」
「おぬしのところの近藤もお妙殿に何度そでにされてもこたえておらんようだが、ストーカーというのはなかなかしぶとい連中だな」
最近の堪え性のない若者にしては根性があると褒めるべきか…いやいやいや、やっぱ犯罪だろ…や、おれも犯罪者扱いなんだが…そういえば、 さっさんも一応ストーカーのお仲間なのだろうか…とヅラ子さんがブツブツと独り言を言うのがストーカーから逃げている最中だっていうのに、なんだか可笑しい。
うん。こんな時だけど、ヅラ子たんと二人、一つの傘に入って歩いてるっていうのはなんかとってもイイ。萌える。

「では、ここらでいいだろう」
いい気持ちで歩いていたら、突然ヅラ子たんが立ち止まった。今の今まで独り言を言っていたのになんて切り替えが速いんだ。
「え?ここらって?」
「ここの次の角を左に曲がり、最初の角を右に曲がって30m程行けば見知った通りに出る。屯所はそこからそう遠くないから、一人で帰れるな」
「え?あの男は?」
「あれはおれが何とかする。これだけ歩けば諦めてくれるかと思ったのだが…これ以上貴様に無駄足を踏ませるのも気が引けるでな」
「…僕、お役に立てなかったんだね。もう一人の土方氏ならこんな時もっと上手くやれただろうに…」
「土方となら一緒に歩いたりはせん。それに、トッシーは傘に入れてくれたではないか」
「…でも」
「いいのだ、トッシー、ありがとう」
ヅラ子たんはこれ以上ないと言うくらいに優しげな目をしながら僕の頭を撫でてくれる。
僕はうっとりとしながらも、あの男が身体を強張らせるのを今度こそハッキリ目の端で捉えた。
そうだ!いいことを思いついたよ、ヅラ子たん!


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