夢の夢 後篇   ※莫迦話要注意!

「よいこと、だと?」
ヅラ子たんが怪訝そうに僕を見る。顰められた眉の形もちょっと萌える。
「ストーカーはさっきヅラ子たんが言ってたように犯罪者だよね?」
「ああ…」
それが?と言いたげにヅラ子たんは小首を傾げる。
僕の大好きな癖。
「だから、土方氏からあいつに注意してもらえばいいんだよ」
なんだそんなことか、とヅラ子たんが小さく溜息をついた。
え?駄目なの?いい考えだと思ったんだけど…。
「トッシー…」
ヅラ子たんは子供に言いきかせるように、ゆっくりとした調子で話す。
「おれはこんなことで土方の世話になるつもりはこれっぽっちもないぞ。そもそも攘夷志士が真選組にストーカー被害を訴えるなど論外だ。土方にしても、ストーカーに注意する以前におれを捕まえるべき男だからな」
それだけ言うと、僕の様子を確かめるようにじっと僕の顔を見た。その目がとても優しくて、僕はどう答えていいかわからなくなってしまう。
それなのにそんな僕に、ふっと、ヅラ子たんがまた笑いかける。
「そんな顔をするものではない。トッシー、おまえは別だ。おまえも一応土方なんだろうが…。さぁ、今日は無駄につき合わせて悪かった。もうここでさよならしよう」
ヅラ子たんは丁寧にお辞儀をして、そっと僕の傘から出ようとした。
駄目だ、僕はそう思った。
今夜、ヅラ子たんが上手く家に帰れても、明日もまたあの男はヅラ子たんに迷惑をかけるに違いない。
今、なんとかしなければ。
「駄目、ヅラ子たんはここにいてよ」
僕はヅラ子たんを近くの家の軒下にいるように頼むと傘を置いて、少し道を戻った。
「トッシー……一体なにを?」
心配そうなヅラ子たんの声に一度振り返って、大丈夫だよーと笑ってみせると、隠れているつもりの男の方に近づいた。
本当は全然大丈夫なんかじゃないけど。ちょっと怖いけど。でも。ヅラ子たんは土方氏には頼らないけど、僕は別だって言ってくれた。だから…。

「おい、お前なんでついてくる」
僕は○スラー総統みたいに強いんだ、格好いいんだと心の中で暗示をかけながら、出来るだけ低い声を作って男に話しかけた。

「別にぃ、たまたまこっちに行きたいだけだ。あんたに関係ないだろ?」
○スラー総統あっさり破れたり。
男は僕のことなんか全然怖がってないや。そりゃそうか。だってどう見ても僕の格好は「へたれたオタク」らしいから。 へたれたオタクはどうしてもなめられちゃうんだね。やっぱり土方氏のようにはいかない。でも、僕も土方十四郎なんだけど……
ああ、そうか!地球上での犯罪には青い顔の総統よりもやっぱり警察。僕は今、トッシーではなく土方十四郎だ!
「関係あんだよ。おまえ、まさかストーカーじゃねぇだろうな」
僕は必死で土方氏のふりをする。
こんな感じで良いんだろうか?よく知らないから解らない。でも、きっと…多分…鬼の副長ってこんな感じ…だったらいいな。

「はぁ、言いがかりはよしてくんない?一体あんたになんの権利があってそんなこと言うのさ」
男はそう言って、わざとらしくポケットに手を入れた。
ナイフ?ナイフでも持ってんの?思わず怯むと、男はゆっくりと煙草を取り出した。

はぁ……良かった。煙草だったんだ…。ふぅ。
「火、貸せよ」
男は、嫌らしく笑いながら僕に煙草を近づける。
わ、わ、わ、僕ひょっとしてなめられてない?でも、やっぱこの人、怖いよ。
僕は仕方なくポケットに手を入れる。僕は土方氏と違って煙草は飲まない。だから、持ってるわけないんだけど、こうでもしないと間が持たない。
ごそごそ時間稼ぎにポケットをあさっていると、何か硬い物が指先に触れた。
これだ、これがあったんだ。今の僕にはド○えもんの秘密道具よりも数倍心強い!
今度こそ上手くやれる!
僕はそれをゆっくりと取り出すと、その男の顔面に突き出して内心ビビリながら、それでも一生懸命凄んだ。
「ふざけるな、おれを誰だと思ってやがる?真選組副長、土方十四郎だぁ!」
男は、僕の突きつけた身分証明書を穴の開くほど見つめると、「真選組!副長!?」と素っ頓狂な声をあげると、そのままどこかへ走り去った。
やった。正義は勝つ!僕はヒロインをちゃんと守ったぞ!
ここで決め科白の一つでも言えればいいのだけど、生憎そんな余裕はない。
怖かった。
とにかく…怖かったんだよ、ヅラ子たん………。

「……ッシー、トッシー」
誰だ?
おれをトッシーなんて呼ぶのはよせ。どうせ奴のくだらねえオタク仲間だろうが。
…それより、どこだここは?

気がついたら、おれは屯所からそう遠くないよく見知った路地裏に立っている。真夜中、だろうか。辺りは真っ暗だ。
で、おれを呼んでいるのは…なんてこった!あんたか、ヅラ子さん。
ヅラ子さんはおれから少し離れた場所に立っている。暗くて表情までは見えないが、声音が心配そうだ。
ああ、そんな声を出してあんたが心配してんのは奴のことなんだな。
ここで何があった?
なんであんたとトッシーがこんなところにいたんだ?
事態が飲み込めないまま、おれは真っ直ぐにヅラ子さんの方に向かう。
ヅラ子さんのすぐ側まで行くと、「怖かったろうに、よくやったなトッシー」と労われる。おまけにそっと頭を撫でられた。
おいおい、なんなんだ。一体なにやらかしたんだ、トッシーよ?
「貴様のお陰で助かったぞ。なにか礼をせねばな。ふぃぎゅあとやらがよいのか?」
そう言いながら微笑む表情は初めて見るほどの優しさが滲んでいて、おれは真剣にトッシーに嫉妬した。 だから…。
ヅラ子さんの目が大きく見開かれる。その目はただ、不思議そうに真っ直ぐおれを見つめている。

「…トッ…」
言いかける花唇を塞いだ。
しっとりと柔らかくて、温かい。
ヅラ子さんが身動いだ。名残惜しいが、今夜はここまでだ。
「悪ぃ、おれはこっちのがいいや」
ポカンとしているヅラ子さんの耳元で、擽るように告げた。
「貴様、土方か!いつからだ!」
「さぁな、気がついたらあんたが呼んでた。奴はなんか驚くかビビるかして引っ込んだんだろうよ。…おい、そんな怒んな」
ヅラ子さんはむぅ、と恨みがましい目でじっとおれを睨んでくる。
やれやれ、さっきの態度とはえれぇ違いじゃねぇか。
「なんのことやらわかんねぇけど、礼は確かにもらったぜ」
「ふざけるな!なんでおれが貴様に礼など」
「…じゃ、トッシーにも改めて礼をやってくれ。けど、あいつにさっきみたいなのはやんなよ。勿体ねぇ」
「トッシーにも、じゃなくトッシーに、だ、馬鹿者!貴様が余計なのだ。何をニヤニヤ笑っとるか!」
「そりゃ、悪かったな」
悪い、とは思いつつもおれは笑いがとまらねぇ。
思いがけなくいい夢見させてもらえたぜ。
その上、律儀なヅラ子さんはトッシーにも改めてちゃんと礼をすることだろう。
フィギュアとかは勘弁してもらいてぇが、なに、いつもみてぇにトッシーのふりをしてそっちもおれが頂けばいい。
「笑うなと言っておろうが!」
ヅラ子さんの機嫌はまだなおらねぇが、この近くに美味い夜泣きのそば屋がある。丁度良い具合に屯所とは反対方向だ。今からそこに一緒に行こう。 またごねるだろうがかまやしねぇ。今夜のおれは気分が良い。
相合い傘と洒落込むとしようじゃねぇか。
雨はまだ止みそうにねぇ。


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