「縁」7
「絵師、ですかぃ?」
「そ、似顔絵師。警察ってさ、犯人の目撃情報から似姿作ったりするじゃん。そういうプロ、誰か紹介してくんない?」
「……なぁんか面白そうなことになってそうなんで、ここは一つ断って旦那の反応を高みの見物と洒落込みてぇところなんですが……」
その様子からして尋常じゃねぇみてぇなんで、ここはまぁ貸し1つってことで。
心臓に悪いことを言われもしたが、サド王子にしては快く(?)おれの依頼を承諾してくれた。
多分、それほどまでにおれの様子がヤバそうなんだろう。
うん、だろうね。
何度でも言うけど、マジやばいもん、おれ。
昨夜、深夜は玄関から現れることのない桂が何故か玄関から莫迦ヅラを出したと思ったら(お陰でおれは5年は寿命を縮めた)、
開口一番、手に持ってる物はなんだ?と訊いた。
当然、おれはゴミ袋だと答えた。見れば解るだろう、この莫迦、とも。
そうしたら、いつもの癖で小首をかしげながら「ゴミ袋なのか?」と訝しげな様子を見せるもんだからー
「じゃ、なんに見えんだよ?」
「わからんから訊いておる」
「おかしいのは頭だけにしろ、目までやられてどうすんだ」
「わからんものはわからん」
なんか……、そういう風なグダグダな会話をした記憶がある。
おれも、袋を握ってる手の先から嫌な感じが伝わってくるような気はしてた。なにせ、中味が中味だし?
それでも、認めたくないわ確認したくないわで知らんぷり続けてたってぇのに。
「そのぼやっとした白い煙のようなものは何だと訊いておる!」
あっという間にキレやがった。
しかもついでにとんでもねぇことまでバラしやがった!
知らねぇんだよ、本当に。おれは電話を入れたゴミ袋の口をしっかり握ってるつもりなんだよ。
なのに、そんなこと言われちまったら確認しねぇわけにいかないじゃん!これっぽちも見たくねぇってぇのに。
「ちなみにおめぇにはなんに見える?」
「先ほど申したはずだが?ぼやっとした白い煙だ」
……そっか。なら、ちょこっと見るくらい大丈夫そうじゃね?
白い煙なんて、おっかながる要素が微塵もねぇよな?な?大丈夫だよな、おれ?
んじゃ、見るぞ。
見るからな!せーの、一、二の三!
おれが握っているのは、桂の言ったとおりゴミ袋のなんかじゃなかった。
けれど………。
おれがぼんやりとでも覚えてるのはそこまで。
気がつけば朝になっていて、いつもの部屋でいつものように横になっていた。
てっきり夢落ちかと胸をなで下ろすまもなく、電話の音が鳴って思わずビクッとしちまったが、その音に負けない位にでかい「はいはーい、今出ますから」という
暢気な桂の声が聞こえてきて、肩の力が抜けるのがわかった。
電話に返事するって、年寄りですかてめーはよ!
「はい、桂です」
まただよ、また名乗ってるよあの莫迦。
てか、もう電話の音がしてなくね?なんか、普通っぽい会話の遣り取りがされてなくね?
銀時は昏倒して眠っておる、とか、うるさい、黙れ!だとか貴様いい加減にしろだとか、言ってる内容は不穏当でとても依頼人を相手にしてるようには思えねぇけど、それでも一応会話になって
るっぽい。
もちろん、奴がお尋ね者のくせに名乗ったあげく、電話の相手と会話を続けてるのは普通じゃねぇけど。
それでも、受話器を取ったらちゃんと鳴りやむ時点で電話としてはごく当たり前というか、通常運転ってことじゃねぇか?
どうなってる?
やっぱり夢落ちで、あり得ない鳴り方をする電話ってぇのが夢だったのか、それとも今おれは眠ってて、これが夢とかなのか?
わからねぇ。
もう、なにがなんだかさっぱりわからねぇ。
「気がついたか、銀時」
なにやらぶつぶつ言いながら部屋に入ってきた桂が訊いた。
起きた、じゃなくて気づいた、という桂のその言いようで、昨夜のことは夢じゃなかったことが確定しちまった。
うわぁ。
「それにしても貴様、なぜゴミ袋に電話など入れておった?」
「は?てめっ、昨日はゴミ袋に見えないとか何とか言ってなかったっけ?」
「貴様が昏倒するまでは、たしかにそれは白い煙の塊だったのだぞ?こう、もやもやっとしてな……」
「あー、もういい、言うな、それ以上何も言うな、言わないでくれ!」
あれがもやもやっとした白い煙だったって?
おいおい、マジかよヅラ。勘弁しろよ。おかげでばっちり目があっちまったじゃねぇか。
あんなにはっきり恨みがましい目でおれを睨んでたいつもの男。
なんでおれ、そんなやつの生首持ってたの?
なんでおめぇにはそれが見えなかったわけ?
なんでそれがゴミ袋に戻ったわけ?
本当になにがなんだかさっぱりわからねぇ。
ただ、今のおれがとんでもねぇ事態に直面してるってことーいやいや、渦中だよ、ど真ん中だよ!ーは解ってる。
それと。
「おれが?」
「そ。おめぇも無関係じゃねぇ気がする」
「貴様が見る悪夢や、わけのわからない煙や電話と勝手に関係づけるのはやめてもらいたいものだな」
うわ、めっちゃ不服そう。おれだって好きでこんなことになってるんじゃねぇの!
それに、不自然じゃねぇか。
おめぇがいるとあの男は夢に出てこねぇし。電話だって、せいぜいが無言電話。おめぇが体験したのは不自然に鳴る呼び出し音だけ。それだって、神楽や新八と違って、
おめぇが名乗ったら(偽名だったけどな、ついでに裏声だったけど!)すぐ元に戻ったじゃん。
おれにははっきり見える奴の顔も、おめぇには煙程度にしか見えなかったし、すぐにゴミ袋に戻ったんだろ?
なぁ……おめぇ、本当にあの男知らねぇ?
「知らん、といいたいところだが、そう言いきれる自信もない」
「ちょ、なに?身に覚えとか、後ろ暗いところでもあるわけ?」
「そういうことを言っているのではない!貴様の言うあの男とやらの顔、おれは見たことがないのだぞ?」
あ……そうだった。おれしか見てねぇんだった。くそう。
顔さえ見ることがかなえば、あるいは何か思い出すかもしれんと言うので、苦肉の策で思いついたのが似顔絵。
おれは甚だ不本意ながら真選組一番隊隊長の口利きで、腕のいい絵師にその男の似姿を描いてもらうことにしたのだった。
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