「縁 6」

莫迦な奴の莫迦な対応に度肝でも抜かれたか呆れたか、呼び出し音はそれきりピタリと鳴りやんだ。
桂は何故か名残惜しげにゆっくり受話器を置くと、ついでにおれも置いたままとっとと寝床に戻りやがった。

なんでだよ。
なんでおれを置いていくよ……じゃ、なくて!なんでそこで鳴りやむわけ?
確かに鳴りやんで欲しかったけど。
鳴りやんでくれてホッとしたけど!
……なんかこう……釈然としねぇ。

もやもやっとした気持ちを抱えてまんじりともせず朝を迎え、神楽と三人で慌ただしく玉子かけ御飯オンリーの飯を食った。
今日はなにがなんでも絶対に会合に行くと言い張る桂と入れ違いに新八を迎えると、それを待ちかねてでもいたかのように電話が鳴った。

誰が出てやるもんかよ。
無視し続けていると二人から視線だけでやんわりと責められたが、生返事だけを返し無視を貫き続けた。

どーせまた、無言電話なんだかんな!
鳴り続ける呼び出し音と無視し続けるおれ。

そんなおれを見かねてのことだろう、当て付けがましくため息をついて新八が受話器をあげた。

「はい、万事屋です」

普段通りの応対をする新八。
でも、相手が何かを言っている気配は、やはりない。

「無言電話でした。仕事の依頼を待ってるときに、こういう悪戯はやめてほしいですよね」

苦笑いをしながら受話器を置く新八に、おれはなんにも答えてやれない。
奴は、とうとう真っ昼間から行動をおこしやがったのだ。
そんなのもう、ただのスタンドじゃなくね?
これからもっとよくないことが起こりそうな、そんな禍々しい予感がした。

案の定、それからも繰り返し繰り返し、そりゃもう執拗に無言電話はかかってきた。
神楽がブチ切れて受話器をもぎ取ろうとするのを制し、一々それなりに丁寧な対応をしてきた新八ですら、無言電話の回数が10を超えると、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく 受話器に手を伸ばそうとしなくなった。
それまでさかんに新八から受話器を奪い取ろうと躍起になっていた神楽でさえ、顰みに倣っている。
おれは当然動かない。
奇妙な沈黙の後、意を決したように新八が動き、おもむろにジャックを抜いた。
誰も、何も言わなかった。
新八は、やむを得ませんよねと言いたげに肩を竦め、神楽はあからさまにホッとしたような顔をした。
二人はそれで日常が戻ってくると思ったらしかったが、あいにくとおれの予想通り、そうは問屋がおろさず、非日常的な続きが待っていた。
昨夜と同じように鳴るはずのない状況にも関わらず、性懲りもなく呼び出し音が鳴り響いたのだ。
さすがの新八、神楽もこれには驚いたようで、どちらも瞬時にして石像のようにかたまっちまった。
もちろん誰も受話器を上げようとはしないし、電話にすら近づかない。
生まれて初めて見る得体の知れない物を見つめる目で、目の前の黒い物体を注視するだけ。
呼び出し音はそんなおれたちにお構いなしに虚しく鳴り続け、30をゆうに数える頃に、やっと鳴りやんだ。

「なんなんですか銀さん、あれ」

恐る恐る訊く新八に何をどう言えばいいか考える間もなく、黒い悪魔はまた喚き始めた。
怯えたような顔をしながら神楽がおれを見、続いて新八の顔を見た。
多分、どっちも頼りにならねぇと判断したのだろうーそしてそれは大正解だ、神楽!特におれなんて全然役に立たねぇから、助けなんて絶対期待するんじゃねぇぞ!ーぐっと口をへの字に結ぶと、やおら傘で電話をぶちのめした。
無惨にも木っ端微塵になるはずのそれは、けれど、床に転がっただけで、性懲りもなく同じ音を万事屋に鳴り響かせ続け、恐怖が高じてぶち切れたらしい神楽に更に弾丸を情け容赦なくぶち込まれたのだけれど……。
壊れもせず傷一つない状態で、未だに鳴り続けている。
もう、夜だというのに。
箪笥の中にあったありったけの衣類を上に被せられ、多少静かになったものの奴は相変わらず元気なまま。
さすがに器物だけあって疲れを知らないらしい。
一方、おれはあいにくと人間で、ヘロヘロに疲れてる。
こんな状況での僅かな救いは、あいつらがここにいねぇこと。
二人とも、あまりに異様な出来事に、今はお妙の元へ身を寄せている。
これから何が起ころうと、あいつらは無事だ。
それに……誰の目を気にすることなく、思いっきりビクついていられるのもいい。
頭からすっぽり布団を被っていても、聞こえてくるあの音!

ああ。
夢ってのは自分の意志で見たり見なかったりのチョイスができねぇからたちが悪ぃと思ってたが、今思えば電話よりはマシだったんじゃね?
夢なんて、最悪寝なけりゃ絶対に見ねぇわけだし?
電話だとそうはいかねぇもんな。
こちらの都合や意志なんて、なぁんもおかまいなしに不意に襲ってきやがる。
……辛ぇなぁ、おい。
あーあ、おれも見栄張らずに新八たちについてきゃよかった。
ストーカーゴリラがうるせぇだろうが、こんな音よりずっとマシだ。
もう電話の音なんて一生分聞いた気がする。
もう二度と聞けなくなっても後悔なんざこれっぽっちもしねぇよ、おれ。
っ…て、待て待て待て!
もう二度と電話の音を聞かなくていいなら、電話ごとどっかにやっちゃえばいいんじゃね?
粗大ゴミに出すーなんて可愛いことしなくても、そこらの川にポイしちゃえばよくね?
地球環境よりおれの精神安定のが大事じゃん。
汚れきったこの国の、たった1つの川にたった1つゴミが不法投棄されたからってなんだってんだ!
なぁんも変わりゃしねぇだろ?
そーだよ、そうすりゃよかっただよ!
近づくのは勘弁したいが、幸い敵の姿は見えない。
そのまま、ガサッとゴミ袋にでも入れちまえば……。

まさにその通りのことをやってのけ(おれ、GJ!)、くぐもった音を立て続けるゴミ袋を抱えて玄関を出ようとしたら何故か扉がひとりでに開いた。
この世での色々を諦め、脳内で人生の総括をしかかったおれの目の前には、何故か普段より数倍莫迦面を下げた桂。
普段深夜に玄関から来ることなんかねぇくせに、なんでこんな時に限って来やがんだよ!人騒がせなことしてんじゃねぇよ。

「なにやってんだ、ヅラぁ?」

怒鳴る気もつっこむ気も起きず、やっとこさそれだけを言ったおれの言葉には反応せず、深夜の訪問者はただこう言った。

「銀時、貴様が手に持っておるのはなんだ?」

こいつ、頭だけじゃなく目まで悪くなっちまったのか?とそう思った。
その時は。



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