「縁」 14
「久しいな……達者そうでなによりだ」
なに普通っぽくスタンドに話しかけてんのこいつ?しかも達者そうってなんだよ、相手は死人んんんん!
「なにか言いたいことがあるのではないのか?だから、こうやって出てきてくれたのではないのか?ん?」
昔から物怖じするということを知らねぇ桂は、おれの頭ごなしに質問を投げかける。矢継ぎ早ではあるが、ごく親しげな友人に語りかけるようになんどりと。くどいけど相手はスタンドだってぇのによぉ!
桂効果か、部屋の温度が徐々に上がりはじめたことにおれは気づいた。
ーひょっとして、もう大丈夫なんじゃね?
怖いもの見たさの心境なんて普段のおれにはこれっぽっちも解らねぇんだが、ホッとするあまり気が緩んじまったらしい。つい、背後を振り返っちまった!途端に急速下降する体感温度。
気分はアラスカかシベリアか。おまけにスタンドにさも恨めしげに睨まれた(気がした)よ!夢の中とおんなじだよ!
しかもおれにとって非常に残念なことに、こりゃ夢なんかじゃねぇ。現実だ。
「どうした?何故ずっと黙っておる?」
「……おいヅラ、あいつまともに口きけねぇんじゃねぇか?口がきけるんだったら、とっくにおれに恨み言の一つや二つ言ってそうじゃね?」
「ヅラじゃない、桂だ。しかし……なるほどそうかもしれんな、さすがは銀時。『死ね』、とか、『この恨みはらさでおくべきか』というやつか」
なんでそういうことを満面の笑みを浮かべて楽しげに言うんだよ!
誰かこいつを死ぬほどビビらせてやってくれねぇもんか。
「どうだ、試しに言ってみぬか?ほら、ここにいる男にそれはそれは大変な恨みがあるのであろうが?」
「ちょ、人を指さしてんじゃねぇよ!しかもなに言ってくれちゃってんの?そんなのこれっぽっちも聞きたかねぇかんな!」
「口に出すことで気が晴れるということもあるかもしれんではないか」
まるで未だかつて悪いことなんか一度も考えたこともありません的な澄んだ目を向けすっとぼけてみせるが、違う違う!騙されねぇかんな、おれ!
おまえは本物のスタンドにおきまりの科白を言ってもらいてぇだけ!知ってんだからな、おれ!
「そうか、言えぬのか……残念だ」
自己完結のあげく、だだ漏れどころかハッキリ本音を口に出した莫迦の頭頂部にくらわそうと、もう一度振り上げた腕を、おれはそのまま宙で止めた。
桂は、軽く拳に握った右手を口に当て思案顔で黙りこくっていて、ついぞ見せることのないようなその真摯な表情が鉄槌を下すことを躊躇わせたせいだ。
なに、考えてんだ?
気のせいか、おれだけでなくスタンドも桂の様子をじっと見守っているように見えた。
その時、実体化しているスタンドの顔を真っ正面から拝んでしまったおれは、その目がただの黒々とした眼窩でしかないことに気づいて大いに狼狽え
た。次いで囚われたのは吐き気を覚えるほどの嫌悪感。
なんでそんな姿、こいつの前に晒してんじゃねぇよ!
おまえ、こいつに惚れてたんじゃねぇのかよ!
怒りが、はじめて恐怖を凌駕した。
今なら……!
こんな空っぽな奴くれぇ……。
ここしばらく頼ることのなかった木刀を真っ直ぐ畳に突き立て、支えの杖代わりにしておれはゆっくり立ち上がった。
「どうした、銀時!?」
驚きに顔を上げた桂が急き込んで訊く。
「今なら殺れるかもしれねぇ」
「なにが、てかなにをする気だ、貴様!?」
膝建ちになる桂を左手で制し、正眼に構えた。
切っ先にはただ黒いだけの二つの眼窩。こちらを見据えるはずのまなこはない。
また、室温が急激に下がる。
木刀を握る手から肩、肩からのど元までをあっという間に電気が走り抜けでもしたように、痺れが広がった。
冷たいようで焼け爛れそうに熱くもある。そして、痛い。
それでもーと腹をくくって間合いを詰めかけたとき、こちらを見ているだろう二つの穴に白く蠢くものを見た。
あれは……?
目をこらしてよくよく見ると、穴の中に数匹の蛆が湧いている。
こええ!てか気持ち悪ぃ!
やっぱ無理!
蛆を見て大好きだった嫁さんから逃げ出した神様だっていたんだ。元々おっかないスタンド相手におれの腰が引けても至極当然じゃね?
「悪ぃヅラ、おれあんなのに勝てる気がしねぇわ。やべぇよ、どうしよう。どうすれば殺っちまえるかな?あ、もう死んでるんだっけ!?」
混乱して自分でもなにを言っているか半ば以上解っていないおれに、「ヅラじゃない」とまたしても平然と返すと、高杉とは違った意味で色々ぶっ壊してくれる
桂は「なにを言っておるのだ貴様!あんなに不安そうにこちらを見ている年若の者に、なにをするというのだ!」と憤りながら続けた。
不安そうにこちらを見ている、だぁ?
はぁぁ?
おめぇにはあれがそんな風に見えてんのか!?
マジでかぁ!
おれがなにも言い返せないのを見て取ったか、桂が居住まいを正し、自分が場を仕切り直すことをさりげなく主張した。
それから、「そなたから話が出来ぬのであれば、おれが思うところを述べてもよいか?」とスタンドに訊くと、なにがどう見えたものか(それともなにか聞こえでもしたのか?)桂は、嬉しげに「かたじけない」と丁重に頭を下げた。
そして、まっすぐスタンドの方に顔を向けたまま、ゆっくりと話し始めた。
それはー
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