「縁」13

その柔らかな感触は、与えられたとき同様に突然、無慈悲にも奪われてしまったのだけれど。
もちろん、おれがそんなことで満足できるわけもなく、離れ行く桂を背中から抱え込むようにして引き戻した。

ー逃がさねぇ。
おれたちはついさっきまで、スタンドと話をつけるとかどうとかいう話をしてたのに。
それがどうして桂の唐突な行為に結びついたのかさっぱりわからねぇが、んなこと、もうどーでもいい。
今は全身全霊でこいつを感じていたい、ただそれだけで。
なにか言いたげに開かれた唇も、反射的に反らされた身体も、瞬がずじっとおれを見つめている双眸も、とにかくこいつの全てを感じていたい、離したくない。全てを、だ!
だから。
だから、頼むから今だけはじっとしててくんねぇ?
我が儘なのは重々承知。
今にはじまったこっちゃねぇけどおめぇが死ぬほど忙しいのも、なのに、おれのためになにくれとなく力を尽くしてくれてることも頭では解ってっけど。 けど、けどよ……。

おれの切羽詰まっりまくった必死さがだだ漏れてたに違いなく、桂は、困った奴だーと言いたげに眉を少し顰めただけで、大人しく目を閉じた。

ありがてぇ。
優しさからか、それとも諦めからか。
なんでもいいっちゃいいけどよ、きっと、こいつん中じゃどっちもがない交ぜになってんだろうな。
で、その核には、世間では愛だの恋だのと簡単にして深遠な言葉で言い表されてっけど、 おれらのこの奇妙な腐れ縁を言い表すには浅ぇ”熱”みてぇなもんがあって欲しいと、願わくばそうあってくれと念じながら腕の中に収まってる痩躯をぎゅうぎゅうとかき抱いた。
桂は「つぶす気か?」とくぐもった声で抗議し、身体を捩ったりして軽く抵抗してくるが、答えてもやらねぇし、力を緩めてもやらねぇ。
本当のこと言っちまえば、そうできるもんならそうしてぇもんよ。
いっそのことこのまんま、おめぇを自分の中に取り込んじまいたいくれぇだ。吸収して、同化して、別のなにかに生まれ変わってもいい。
だけど、そんなこと言えねぇだろうが。聞いちまったらおめぇだって困んだろ?
だからおれは黙ってる。
そんなおれの胸の裡なんて多分とっくの昔っから気づいてんだろ?だったら、おめぇも黙って大人しく抱かれてやがれーと更に両腕に力を込めると、かすかな抵抗も止んだ。

そのまんまどれくらいこいつを貪りつづけてるかなんて覚えてねぇ。
こいつがうちに来たときは珍しくまだお天道様が顔を出してたような気がするが、今はもうすっかり薄暗くなっちまってる気はする。
桂の顔も髪も、うなじも、指先までがおれの唾液でべとべとで、後でぎゃあぎゃあごてられるのはわかってっけど、止めらんねぇしよ。
ここんところずっと起きてるのか寝てるのかの境界があやふやで、下手すりゃとっくにスタンドの仲間入りしてんのかもしれねぇーなんて怯えてた。
生きてるんだって、おれはまだこうやっておまえと同じ此岸にいるんだと、ずっと生きてたんだって強く感じてたい。
でも、やっぱまだまだ足りねぇ。おめぇを感じ足りねぇ。
桂と、おれと。二人ともちゃんと生きてるんだって、もっと強く、深く感じたくて渇きと飢えとに追い立てられるように桂の帯を解こうとしたこの手は、なのに、思いもよらない素早さで振り払われた。

「ってえ!なにしやがる!」
さっきまでいい子にしてたじゃん。もうちっと我慢しやがれ!

「いくらなんでもちとやり過ぎだろうが!貴様初心を忘れたか?」
「初心?……今日もヅラ君をおいしくいただきますとかそーうゆーの?」
「っ……ばっ、莫迦か!」

桂の身体はおれが渾身の力で胸に押し当ててるから顔は見えねぇけど、長い髪の間から僅かにのぞく耳が赤い。
ああ、なんかもう、やばい。
今のおれにはたったそれだけのことが凶器になっちまう。一瞬で逝かされちまいそうだ。

「んな色気のねぇこと言ってねぇで、もちっとの間黙ってじっとしててくんねぇ?」
「そういうわけにいくか!」
「んでだよ、さっきまでよさそうにしてたじゃん」
「いやだ、やめろ!離せ、変態!!」
「はぁ、なに言ってんだ!殴るぞ、てめっ!って、おい、暴れんじゃねぇ!」
「止めて下さい、嫌だと言ってるじゃないですかこの人でなし(桂裏声)」
気持ち悪っ!
萎えんじゃねぇか、てめぇが止めろ!

「んだよ、急速に冷めちまったじゃねぇか、責任とれや、おら!」
「違うぞ、銀時。あれだぞ、冷めたのはおれのせいではないぞ」

なんか……こいつ、おれの背後を指さしてんですけど……。
やばい、とおれの本能は告げていた。見るんじゃねぇ、と心の奥底からもう一人のおれが叫んでる。
けれど、背中から這い上がってくるようなこのひんやりとした空気はただごとじゃねぇ。
見るべきか、見ざるべきかそれが問題……なわきゃねーじゃん!見ないの一択しかねぇんだよ、おれには!
必死で知らんぷりを続けてんのに、なのに、この莫迦ときたら「どうだ銀時、思った通りだ。やっと会えたな!」と実に嬉しそうで。あまつさえ得意げに高笑いしてやがる。
ああ、そう。おれ、スタンドを呼び出すためのエサだったわけ?
酷ぇ……。あんまりじゃね?

「人の心を弄ぶんじゃねぇよ!」
がごっ!
おれが渾身の力でぶん殴ったせいで桂の頭はこれまでにないほど小気味いい音をたてたが、その瞬間、部屋の中は冷凍室並みに凍り付いた。
やべ。
ひょっとして絶体絶命なんじゃね?
……おれだけが……。





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