「縁」 15
「大師様に伺った。貴公とおれにはなにやら浅からぬ縁があるとか。それもかれこれ千年ほども前に……」
桂が語るのはおれも聞かされた前世の因縁話。全然穏やかじゃない話を、桂は穏やかな声で語り続ける。
しかし……スタンドに”貴公”とは恐れ入る。
察するに、どうやら桂はおれに話したこと以上に過去のいきさつをあれこれ聞き及んでいるらしい。
目の前にいるのはかつての新聞配達少年ではなく、昔々のやんごとない方のスタンドだと、その呼称が告げている。
勤労少年だろうがやんごとないお方だろうが、今や目を背けたくなるような凄惨な姿でしかねぇってぇのに、向き直っていられるなんてマジですげぇ。あまつさえ、こいつは多分、あの目を真っ直ぐ見て
話しかけてるはず。そんなことおれにゃ絶対出来っこねぇよ。
「……虚しくなって初めて前世の恨みを思い出したという貴公の無念はいかばかりか……」
そ。どうせ悪いのはおれですよ。どうとなと言いやがれ。
「故に勘弁してやってくれとは言わぬ……」
言わねぇのかよ!
待てこら、ヅラ!そこは嘘でも「勘弁してやってくれ」じゃねぇのかよ!
あとでもう一発……いや、二、三発……いやいや五六発は殴らねぇと。
「だが、此度は見逃してやってはくれまいか?申し訳ないことではあるが、おれも此奴も貴公のことはおろか、前世の記憶とやらをさっぱり持ち合わせておらぬ。思い出そうとしてもちっとも思い出せん」
だから、と桂は言った。
だから、心からの謝罪とはいかぬかもしれぬが、まずは謝らせて欲しい、と。そう言って深々と頭を下げた。
律儀でなんともこいつらしいが、前世を思い出せないなんて、当たり前じゃね?
そもそも、そいつだって死んでから思い出したくれぇだしよ。ピンピンしてるおれやおめぇーあ、おれはちょっと死にかけてっかもしれねぇけど?ーがほいほい前世の記憶とやらを取り戻しちゃったら、それはそれでちょいと拙いんじゃね?
てか、こいつのことだから、マジで思い出そうとしたんだろうな。莫迦だからな、ほんと。
「が、此奴、前世でもあまり褒められるようなことはしておらなんだには違いない……現世でもそれは変わらぬからな」
うんうん、と桂は二度も自分の言葉に深く頷いてやがる。
ほんと、後でどうしてやろうか、こいつ!
「怠け者だわ、いい加減だわ、強がるくせに打たれ弱くて、嫌なことからはすぐ逃げようとする。呆れるほどに我が儘で、自分に都合が悪くなるとすぐに暴力をふるい……」
ぎゃぁぁぁぁ!まじやめて!
なんかおれ、スタンドに睨まれた気がするよ!目玉なんてないけど、それでもなんか冷たい視線をこっちに向けた気配するぅぅぅ!
「ろくでなしーと言われても仕方がないような男ではあるが……」
そこで一旦桂は言葉を止めて、ちらとおれの方を見た。
なんですか、今からもっと酷いことでも言うつもりでの粗探しすか、このやろー!
暗澹たる気分にHPをほぼ0にまで一気に減らしちまいそうで、おれは身構える。
が、それも一瞬のことで、桂はまるでそんなおれなんかここにいないかのように、ただジッとスタンドを見つめ、再びゆっくりと口を開いた。
「それでも……おれの竹馬の友であり、あいにく二世の固めは出来ぬが、今生では唯一無二と思い定めた相手なのだ……」
……ほんと、こいつ莫迦。
なんでそんなことスタンド相手に言うわけ?
そんなの、おれ、一度たりとも直接言ってもらったことねぇじゃん。
いきなり端でそんなこと聞かされて、どんな顔してろってぇんだ。
なぁ……おい……。
「いかんせん、貴公と再び巡り会ったのが遅すぎた。が、今もこうしておとなってくれるのだ。此奴への恨みだけではないと自惚れてもよいであろうか?」
もちろん、スタンドはなにも答えない。虚ろな双眸はなにも映すことは出来ないのだ。
けれど、やはり桂にはおれと違うものが見えているらしく、「かたじけない」ともう一度頭を下げている。
「であれば、このおれに免じて見逃してやってくれまいか?ならぬ、とあらば仕方ない。今はこうやっておれにも貴公が見えている。今なら……おれを連れて行くこともできるのではないか?もちろん、おれとて死にたくはない。救わねばならぬ国もある。が……スタ……貴公に
恐れ戦いている者を見捨てるのは、武士としての矜恃が許さぬ」
桂は決然とした面持ちで言い切った。
巫山戯るな、莫迦言ってんじゃねぇ!とおれが叫ぶより先に、スタンドが吠えた。聞こえてきたのは人の言葉を成さない粘り着くように耳障りな音。その不気味さと大きさに、おれだけでなく襖や障子までもが震えた。
なのに、やっぱり……桂は滅多に見せない笑顔で笑って言った。
「千年を経てまたこうして巡り会った。だから、また会うこともあろう。その時は……」
桂の言葉に、スタンドが微かに笑った……気がした。
そうして、気がつけば部屋は元通りの温度に戻り、おれと桂だけが残されていた。
終わった……のか?
「終わったのだろうな、多分」
おれの心を読んだわけでもないだろうに、打てば響くように桂が答えた。
「なぁ、さっきの本気?」
「なにがだ?」
「とぼけてんじゃねぇよ。てめ、さっきあいつに言ってたじゃねぇか……」
誰よりも先におれに出会って惚れさせてみろー
「単に早いもの勝ちってことかよ」
酷くね?来世だかなんだか知らねぇが、冗談じゃねぇぞ。
桂はただ、「気にするな、言葉の綾だ」とすましている。
あーあ。
自分でも知らずため息が出た。
桂が面白そうにこちらを見た。人の悪そうな笑みを浮かべている。
「つまり、だ。”次”もまた貴様が先におれと出会えばいい。それだけのことだ」
「無茶言うんじゃありません」
だな、と桂はやはりどことなく面白そうに頷いた。
「正直言って、前世や来世など関係ない。とりあえずおれたちは今を生きねば」
そうだ。桂の言うとおりだ。
実際、三世もーとまでは本気で望んでるわけじゃねぇ。おれらにとっちゃ二世でも、いや現世だけでも十分奇跡のようなもんじゃねぇか。
それでも、もし許されるのなら……。
銀時は桂にもたれかかると、この世で一番好ましい香りで鼻腔を満たしながら、そのまま心地よい眠りに落ちていく。
静かに頭を凭せ掛けてきた銀時の温もりと重みを背中に感じながら、桂もまた目を閉じようとした時、リン、と一度だけ電話が鳴った。
幸い銀時の眠りは深いらしく、起きる気配がないことに安堵すると、引き寄せられるように受話器をとった。
深緑 染めけむ松の えにしあらば 薄き袖にも 浪は寄せてむ
どことなく慕わしい声が詠っている。
そっと受話器を戻し今度こそ静かに目を閉じれば、眼裏には、おそらく在りし日の彼の面影。
ーありがとう
やはりどこか懐かしい姿に、桂は小さく呟いた。
彼がまた、笑った気がした。
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