「どっちでも好きな方を選びなせぇ」
酷薄そうな笑みを張り付けて、目の前の男が選択を迫る。

生意気な小童めが!

小夜終 壱

異様な刀だった。
生き物のようにクネクネと不気味に蠢いていた記憶はある。だが、それだけ。
斬られたというか何かに触れられた感じはした。が、それだけ。痛みすらも。それほどまでにおれは素早く切り裂かれていたというのか。
正直、いつ気を失ったのかも判らない。おそらく何かが触れたという感触を覚えるか否かの時だったのだろう。

なぜ、おれが生きているのかも解らない。
ここがどこかも。
今がいつかも。
なにもかも。

気がついた時、真っ先に目に飛び込んできたのは見知らぬ天井板。
なぜかーいや、理由はすぐに解った。おれは斬られたのだー体中が少し痛む。目が霞むので、熱もあるのかもしれない。どこかからかすかに流れ込んでくる風が頬に心地よいことからしても。
まずは目をなんとかしようとじっと天井を見つめていると、木目の一つがエリザベスのような形に見えてきた。それを切欠におれの目は無事に焦点を取り戻すにいたった。
そのまま体に負担を掛けないようにじっとしたまま、他の情報を集めていくことにする。
ここは見知らぬ家の中。
おれは布団に寝ている。
掛けられている布団はなかなか上等の品だ。おそらくは敷布も。肌触りが心地いい。
おれは肌襦袢を纏っているだけのようだ。寒くはないが体が火照っている気がする。やはり熱があるらしい。
こうやって生きているのだから誰かに手当はされているのだろう。が、周囲にそれらしき人の気配はない。
家の外からも、中からも物音らしきものは聞こえぬ。
室内の明るさから考えて、おそらく早朝か夕刻。天気も悪くはない。方角が分からないのでそれ以上の見当は付かない。
次にそっと顔を横に向けて、見える範囲を変えてみる。
瞬間、引きつるような痛みを覚えたが、肩で大きく息をしてなんとか逃す。
左手には古風な五重塔が画かれた襖が見える。そして、ほんの少しだけ隙間が開いている。先ほどからの風はそこから流れて来ているのだと解った。

もう一度、ゆっくりと時間をかけてそろそろと反対側を向いてみた。
真っ白な障子が目にまぶしい。
庭に面した部屋のようで、縁側があるらしい。這って行ってでも外の空気を吸いたい気がしたが、状況が解らない今はよしておく。

今度はそっと体を起こそうと、まず体を横向けにし、次に両の腕の力で体をグッと持ち上げてみる。

「っ…は…」
全身に痛みが駆け巡り、思わず情けない息を吐く羽目になったが、なんとか布団の上に半身だけだが起き上がることに成功した。
起き上がってみれば体の痛みはそれほどでもなく、ホッと小さな溜息が洩れた。
そうしてみると初めて、枕元に水差しや吸い飲み、薬袋などが小さな盆に載せられて置いてあるのが目に入った。
中身を確認しようと手に取ってみる。頓服らしき粉薬と、丸い錠剤。袋の注意書きに目を通し、中に残っている薬の数を数えることで、これらの薬が処方されてからほぼ二日と見当がついた。
これだけの傷を負い、丸一日も放置されていたら確実にあの世行きだったはず。つまり、あの刀に出会ってから三日は経っていないと確信する。
実際、空腹を覚えないのでそれほど長い間寝たきりということもなかったろう。
だが、三日というのはあまりに長すぎる。
あの夜から連絡が取れなくなったことで同志達は不安がっているだろうし、エリザベスは心配で胸を痛めているだろう。
この際、一番心配しているかもしれない男のことは意識的に考えないようにする。
時として一ヶ月くらいは会えないこともあるのだ。運がよければ、奴は何にも気付いていないはず。是非そうあって欲しいものだ。
それより、今はあの刀だ。

おれが何とかしなければならん……おまえは…知っているのか?そして…今、どこにいる?
…晋助……

「へぇ、案外と丈夫ですねぇ。もう起き上がれるんですかい?」
晋助のことに気を取られ、つい物思いに耽っていた自分を呪った。
なによりも先に己の刀を探しておくべきだったのだ。あまりにも不覚。しかもすぐ側に人がいたことにも気付かなかったなど。
それがよりにもよって、こやつだったとは…。

真選組一番隊隊長……沖田…


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