小夜終 弐

「おれを見ても黙りたぁ、うざったいロン毛と一緒に記憶でもなくしましたかい?」
そう沖田に言われて、おれは初めて自分の髪が短くなっているのに気付いた。これも、不覚。
「真選組と仲良く話をする気にはなれん」
「言ってくれやすねぇ」
思いきりしかめっ面で言い放ってやったのに、少しも気を悪くした様子もなく返事も軽い。
「ここはどこだ?」
「どこだと思いやすか?」
「質問に質問で答えてはいかん、と寺子屋で教わらなかったのか?」
「あいにくと出来の悪い餓鬼だったもんで、教わったことなんて碌に覚えてねぇんでさぁ」
あんたとちがってねーとにやり。
なかなか捻くれてそうな小童だ。
「いいから言わんか!」
「人にものを尋ねる時は、丁寧に頼めって教わらなかったんですかい?」
む。
こやつの言うことにも一理あるので、渋々どこですか?と訊き直す。
そのとたん、沖田は大きな目を更に大きく見開いて
「あんた、変わってますねぇ。生真面目にもほどがあらぁ」
馬鹿がつくほどですぜぃーとぬかしおった。
ほざけ!
「そう睨むもんじゃありやせんや。こう見えてもおれぁあんたの命の恩人なんですぜぃ?」
「ふん。助けてくれと頼んだ覚えはないし、年長者にぞんざいな口の利き方をするものでもない」
「…そりゃ、そうなんですがねぃ」
とまたにやり。
冷淡に言ってやったつもりなのに、そうもなぜ嬉しそうなのだ!
そういえば、おれは沖田という人間をあまり知らない。いや、殆ど知らないに等しい。
おれたちが顔を合わせる時は、あくまで追う者と追われる者だ。おれは何度こいつのバズーカを避けたか解らない。数えたくもない。

こうして間近で見ると、まだ幼いのがはっきり判る。新八君と同じくらいだろうか?それよりも少しだけ上か?という気がした。
色素の薄い髪が小生意気そうな目とよく合っている。存外、綺麗な顔立ちをしていることにも初めて気付いた。
隊服を着ていなだけでこうも印象が変わるものかと不思議な気持ちになる。

だが、忘れてはならない。こいつは真選組で、おれは攘夷志士。絵に描いたような敵同士だ。こうやって普通に言葉を交わしていることが異常事態なのだ。
「で、どこなのだ?」
屯所ではなさそうだ、とは解っていたがやはり確認しておきたい。
「おれの家でさぁ」
「おまえの?」
意外な答えにさすがに驚いた。
「男ばっかりのむさ苦しい屯所に詰めるだけの毎日じゃ、さすがに嫌気がさすってもんでさぁ。だから、こうやって家を借りている隊士は少なくないんですぜ」
そういうものか、と思う。自分たちとて戦場では毎日毎日男ばかり互いに顔をつき合わせていた。が、嫌気がさすようなことはなかったように思う。
生きているだけで儲けもののような日々、側にいるものを鬱陶しく感じるようなことも。
ただ、確かにたまに一人になりたいと思うようなことはあった。友の死を心から悼みたい時、たまに物思いに耽りたい時。
こ奴らも似たようなものなのかもしれぬ。
「なぜ屯所に連れて行かなんだ?」
当然の疑問だろう。おれを捕まえることがこいつ等の職務なのだ。
わかりやせんか?と尋ねるその目に、なにか暗い熱情が見える気がして、おれは心持ち緊張しながら続く言葉を待った。
「土方さんでさぁ」

「どういう意味だ?」
返ってきたその答えはおれにとっては全く要領を得ないもので、おれはただ困惑した。


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