え…と、何でこんな事になってるのかな?
僕は、寝起きで働かない頭でそれでも一生懸命考える。
なんで?
ああ、昨日いつまでも帰らない銀さんと一人っきりの神楽ちゃんが心配で万事屋に泊まったんだ…と思い出す。
でも、それを思い出したからといって、この謎が解けるわけじゃない。
なんで、なんで僕の隣に桂さんが寝てるんですか?

睡余と酔余 前篇

僕は昨日、ふらっと外に出たままの銀さんと、一人きりの神楽ちゃんが気になってここに泊まることにしたんだ。それはさっき思い出した通り。
それから…えっと…そうそう、銀さんのことだからどうせベロンベロンになって酔って帰ってくるだろうから、すぐに寝かせられるようにと銀さんのお布団も一緒に敷いておいたんだっけ。
それで、布団が二組並んでいることの説明はつく。僕が敷いたんだ。うん。

解らないのは、どうして朝になってみると銀さんではなく桂さんが眠っているか、だ。
銀さんがいないのは解る。
公園や駅、あの人は酔うとどこだって寝床にしてしまう。以前は自販機に頭を突っ込んでいたことだってあるんだし、今日もそんなところだろう。今の季節普通なら凍死の心配をするべきなんだろうけど、あの人は殺しても死なないから大丈夫。
問題は桂さんの方だよね。
ひょっとして具合でも悪くて助けを求めに来たのかとも思ったけれど、呼吸は規則正しいし、寝顔だって安らかだ。
真選組にでも追いかけられて隠れていたのかもしれない。
いずれにしてもすうすうという寝息が聞こえてきそうな程、今は気持ちよさそうに眠っている。騒動を巻き起こさない桂さんは珍しいので(寝ていて騒動を引き起こせたらそれはそれで大したものだけれど)ついじっと見てしまう。
こうしてみると生きた人形みたいだ。パーツパーツが本当に良く整っている。知り合って長いし、性格が性格だから今更見惚れるようなことはないけれど、それでも、この寝顔はとても綺麗だと思う。
でも、いくら綺麗でも桂さんは所詮桂さんで。最近では突拍子もないことをしでかすのにも慣れてきた。気がついたら横に寝てたくらいのことを一々気にする方が馬鹿らしいのかもしれない、と僕は結論づけると朝食の準備をするべく布団から抜け出た。
「…ん…」
僕が起き上がる気配を感じてなのか、桂さんが小さく声を漏らすと寝返りを打った。
その拍子にはらりと顔にかかった髪がなんだかくすぐったそうだ。
払い除けてあげようかとかがみ込んで手を伸ばそうとしたら、「なにやってんのぉ、新八君?」と銀さんの大声が頭から降ってきた。

「おわっ!いきなり声を掛けないで下さいよ、心臓に悪いです」
「なぁに、なんか見っかると心臓に悪ぅいようなことちてたの?」
銀さんは探るような目でじっと僕を見ている。それでも、目がいつもよりはトロンとしているし、言葉遣いが微妙に変なので酔が醒めていないらしい。
「何言ってるんですか!これ桂さんですよ?」
僕は即座に否定する。桂さん相手になにをどうしようって言うんですか、全くーと続けようとした僕は、 銀さんの剣呑な目の光を見て、即座に黙った。二日酔いが酷いのか、銀さんは朝からやけに不機嫌そうだ。

「んー?」
気の抜けた声をあげて、桂さんがのっそりと体を起こした。僕たちの声で目を覚ましてしまったのかもしれない、気の毒に。
まだ眠いのか、寝ぼけ眼をこすりながら小さく欠伸をする。涙がぽっちりと目尻に溜まっているのが見てとれる。
それから、パチパチを瞬きを繰り返して目を大きく開けると、「おはよう新八君」と言って頭を下げた。
「銀時も。遅かったな」とまだ眼をこすりながら、桂さんはそれでも丁寧に朝の挨拶をする。
猫が顔を洗っているようで、ちょっと可愛い。
なのに、銀さんときたら挨拶を返すどころか、桂さんの頭を思いっきり叩いたりするもんだから驚いてしまう。
そんなに酔ってるんのか、あんた!
「あたっ!なにをするか!」
「あまえねぇ、無防備にも程があるじゃねっか!テロリストがこんなに寝こけててい〜んですか?」
やっぱまだ酔ってる。完全に呂律が変だ。なんて厄介な人だ。
「テロリストじゃない、攘夷志士だ!」
「どっちにしろお尋ね者にはかわりねっだろうがぁ。全くよぉ〜新八だったからいっようなもんのぉ〜」
「む。貴様の寝室は、真選組などがズカズカ入り込んで来るような所なのか?」
涙目になりながら、桂さんは銀さんに口をへの字に曲げてみせる。
どうやら銀さんは、悪意を持っているような者を前にぐっすり眠りこけていたりしたら桂さんの命が危ないところだ、と怒っているらしい。
「ばっか、だぁ〜れがそんな心配すっかぁ!そんな奴ら相手だったら、おめぇすぐに気ぃついて逃げっだろっがぁ!そうじゃなくてぇ、志士のおっさん達にゆるみきった寝顔、を晒したりしてねっだろうな?」
と銀さんが廻らない呂律でそれでも一生懸命に言う。
今度は党首としての威厳を心配しているようだ。
でも、銀さん僕が言うのも何ですが、今更桂さんにそんなもの求めるのが無理ですよ。志士のみなさんもそんなのとっくにご存じだと思うんですが…。
にしても、なんだかんだ普段は悪態ついてばっかりだけど、一応あれやこれやと心配してしてるんですね、銀さん。
「ゆるみきってなどおらんわ!第一志士たちの前で眠りこけたりするものか。そんな緊張感のないことでどうする!」
「なぁら、いっけどよ」
「そもそも、近頃おれはエリザベスと一緒に…」
パカーン!と小気味よい音をさせ、銀さんが桂さんの頭をまた叩く。
「あたっ!銀時!」
頭を抑えて桂さんが抗議するのもかまわず、銀さんは更にもう一回桂さんを叩いた。
「ああ?おまえ、あのおっさんと二人で寝てんのぉ?」
ちょ、銀さん顔がマジで怖いんですけど。半眼で睨むの止めて下さい!なに、なんで怒ってるんですか?
そこは怒るとこじゃなくて薄気味悪がるところでしょうが。
「仕方ないではないか。隠れ家にはそうそう暖房器具など用意できんのだぞ?それに比べてエリザベスは自分で移動できるし、おまけにふわふわで暖かいのだぞ」
「だぁかぁらぁ、辛抱できねぇくらい寒けりゃウチに顔出せばいいじゃん!」
「来たぞ、昨日。貴様はいなかったから知らんのだ」
「あ…そっか…そんで今ここにいんだ…おめぇ…」
銀さんたち、なんかすごく頭の悪い会話じゃないですか、それ?突っ込みどころが多すぎですから。酔っぱらい銀さんと寝起きの桂さんの会話なんてフォローできる域を超えてます。さすがの僕にも荷が重いんですけどぉぉぉ!
「夜中に来てみれば新八君が寝ていたので驚いたが、もう一組布団が敷いてあったのでな、有り難く先に寝させてもらったのだが…帰ってこなかった貴様が悪いのだぞ。結局一人で寝るのだったらエリザベスと寝た方が暖かかったわ!新八君の布団に潜り込む訳にもいかんし…」
話の内容の不可解さに僕が気づくより先に、ゴン、と鈍い音をさせて急に桂さんが畳に倒れた。いきなりだったので、僕にもなにが起こったのか分からないけれど、思いっきり額を打ちつけたようで、桂さんは起き上がるなりしきりにおでこの辺りを撫でている。
銀さんは片足を宙に浮かせたままものすごい形相で桂さんを睨んでいた。
どうやら銀さんが桂さんを目にもとまらぬ速さで蹴り飛ばしたらしい。


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