睡余と酔余 後篇

「おめぇ、一瞬でもそんなこと考えたわけ?」
無駄にドスが効いた声で銀さんが桂さんを詰るように言う。
呂律も戻っていて、とても怖い。
「む。寒かったのでな」
桂さんはさすがに長い付き合いなだけあって、そんな銀さんに臆することもなく平然と答えている。
「もう…マジ勘弁!なんでよ、なんでそういう発想になるわけ?」
桂さんの返事に、銀さんは天を仰いで頭をかきむしりはじめた。
「いいではないか、新八君なんだし」
「や、なんですかそれ。新八君なんだしってなんです?僕だっていきなり桂さんが布団に入ってきたらビックリしますよ!そりゃ、銀さんと寝るよりはどちらかというと桂さんの方がいい気はしますけど…。寝相も悪くないようだし、おじさん臭くもないし、むしろいい匂いで…」
という僕の発言も、あろうことか銀さんの暴力で途中で遮られてしまった。
ただし、矛先を向けられたのは僕ではなくまたしても桂さんだ。
「ほらぁ、な?結構怖いこと考えてんだろ?この位の歳の餓鬼が一番たちが悪ぃんだよ!」
「新八くんを貴様と一緒にするでない!」
なに?僕を銀さんと一緒にするってどういうことですか。あれ?僕まだ頭がハッキリしてないのかな?
「だぁかぁら、おめえには危機感が足りねぇって言うんですぅ!おめぇのせいで新八が道を踏み外したりしたらど〜う責任取ってくれるんですかぁ?」
…銀さん…呂律がまともになったと思ったら、今度は話の内容が変です。すごく。
「ではなにか、貴様が道を踏み外したのはおれのせいだとでも言うのか?」
「おれだけじゃねぇ!高杉だって、坂本だって、大串君だってみーんな、みーんなおめぇのせいじゃねぇか!」
なんか怖そうな名前が出てきましたけど…何の話ですか?なんであの高杉と土方さんが同列なんですか?
「なんで朝っぱらからそこまで言われねばならんのだ!」
「てめぇが一時でも新八の布団に入り込もうなんて考えたからです!」
「だから、それは貴様がいなかったせいだとさっきから何度も…」
「じゃ、なに?おれがいなかったら土方でも高杉でも誰の布団にでも入って暖めてもらっちゃうわけ?」
「そんなわけあるか!」
えっと…やっぱりこの二人の会話、かなり変だと思うのは僕の気のせいじゃない…ですよね…。暖めてもらうって……。
「どーだか!」
「するはずなかろう!高杉は居所が知れんし、土方なんぞどうでもいいわ。おれは断然トッシー派だからな。そもそも屯所になんぞ行くか!」
「ちょ、なによそれ、やっぱやる気満々じゃん!居所が知れてたら晋ちゃんでいいってことだよね?屯所じゃなくてトッシーならOKってわけ?」
「気にするな、言葉のあやだ」
「どんな言葉のあや?そんなの聞いたことねぇし」
「だから、せんと言うておろうが!」
「絶対?」
銀さんは珍しく真剣な目を桂さんに向けている。
「絶対だ、なにしろおれにはエリザベスがいてくれるからな。エリザベスの方が断然良い!」
破顔一笑。
桂さん、本当に幸せそうで結構すけど…。銀さんの方が…。
「なんでそこでエリザベスなんだよ、おめぇは?」
銀さんは脱力したのか、布団の上に座り込んでしまう。
「おまえがいなかったら、という話ではないのか?おまえがいないのならエリザベスが一番良いのだ」
「それって…あのおっさんよりおれがいいってこと?」
拗ねたように銀さんが訊いてる。
なんか話が本当に変なんですけど…。なんだか居たたまれなくなってくるんですけど、僕…。
「確かにエリザベスはふわふわで温かいが、おまえのほうがもっとふわふわだからな、もふもふもできるし…もっとも近頃では滅多とさせてくれんがな」
拗ねたようにそっぽを向く桂さん。や、それってお通ちゃんとかがするんなら可愛いでしょうけど…。あんた、おっさんだからね!
それでも、銀さんには可愛く思えているらしいのが側にいる僕にはびしばしと伝わってくる。…こわいです、僕。
「ちっ、しゃーねー、今日はちったぁもふもふさせてやっからよ」
案の定、素っ気なく返す銀さん。これは照れている時のこの人の癖だ。
「マジでか?」
ぱっと嬉しそうに銀さんの方を向く桂さん。
目が輝いているのはいいけど…なに、本当にこの人たち、なに?マジで朝っぱらから凄く怖い話してるんだけど!おっさん同士のくせに!
駄目です、僕、もう限界です…。
「銀さん、桂さん、僕、もっかい寝ます。これ以上いちゃつくんだったら、どっかよそに行って下さいね」
そう宣言すると、今更になってぎゃーぎゃーと見苦しい弁解を始めるおっさんズを部屋の外に追い出して、僕はもう一度布団に入った。
朝っぱらから悪い夢を見たと思って、もう一度寝よう。
「新八の言う通りね!朝っぱらからいちゃついてんじゃねぇよ、マダオども!」
襖の外から神楽ちゃんの叫び声と、玄関から放り出されたらしいマダオたちの絶叫が谺してきた。

「ふん。マジきもいある」
僕の気持ちを代弁してくれる神楽ちゃんの一言で、随分気分が良くなった。
とんでもない始まり方だったけど、今日はいい日でありますように。
もし桂さんが今夜も泊まっていくなら、お布団を干しておかないと…と思いながら、 僕はうつらうつらと二度寝を決め込んだ。


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