「La Vie 4」



おれは正真正銘のお尋ね者で、今やリーダーは誘拐犯扱い。彼女の潔白を証言してくれるはずの少女は口がきけず、手話で必死に何かを訴えている。
なのに、それを理解出来るはずのご婦人は興奮しきっていて、その動きには目もくれないだなんて。
てか、むしろ…

おい、まて。
このご婦人、少女の手元どころか、土方以外なにも目に入ってなくないか?

では、もう少し広い場所に移動しましょう。土手を降りられますか?
と口調だけは丁寧な土方にご婦人はこくこくと頷いて見せながら、上の空といった調子で車椅子のハンドルを握った。
車椅子を押して土手を降りるつもりか?
このご婦人、どうやら冷静な判断力まで欠いているらしい。少女が不安げな目で顔を見つめているのにも気付かず、土方の方ばかりを見ている。
瞳孔が開いているのが物珍しいのだろう、そうに違いない。

とはいえ、おまえじゃ無理ネ!とリーダーが一喝して無理矢理ハンドルを奪い取っても知らん顔とは。
これでよくも人のことを誘拐犯扱いできるものだ。

「大丈夫アルか?今度はあんまり高く持ち上げないから、ちゃんとつかまってるヨロシ」
そう言うリーダーに、少女がホッとしたような笑顔を見せる。
今の状況は好ましくないが、その光景は微笑ましい。

土方を先頭に、ご婦人、少女ごと車椅子軽々と担ぎ上げたリーダーと小さな列が出来、最後尾におれがついた。
土方、リーダーとともにズンズン下りきると何をしている?とばかりに我々を見上げてきたが…。

「ヅラァ…子、足痛いアルか?」

少し妙な間が入ったが、ギリギリで”子”をつけたリーダーは偉かった。
さすがはリーダー。

「大丈夫だ、手間取りはするだろうがゆっくり降りれば」
だが、もしものことがあると危ないから、少し避けておいてくれると助かる。

「ルージャ!」

元気のよい声に導かれるように慎重に下り始めた時、再び駈上って来る土方が目に入った。
てっきり、まだ二の足を踏んでいるらしいご婦人に手を貸すかと思いきや、どういうわけだかおれの手をとる。
なんだ、今になって捕縛する気か?

「リーダーを置いて逃げたりはせん、離せ」

「それじゃ、遅いんだよ。あんたらに時間かけてられねぇんだ。他にも仕事がある」

「ならいっそ捨て置け。おれたちが誘拐犯ではないことなど重々承知しておろうが」

むしろ、あちらに手を貸してやれ、足が竦んでおられるのではないか?とまだ一人取り残されているご婦人に注意を向けさせる。

「おい、チャイナ娘!あっちを頼む」
「おまえの言うことを聞く義理はないネ」

リーダーは扱く真っ当な返しをしたにもかかわらず、土方の「たこやき一船!」の声にあっけなく陥落した。
そして、さっきはすごい勢いで来たくせによぉ、憎まれ口を叩きながら一気に土手を駆け上がってくると、その勢いに後ずさりするご婦人を否応なしに担ぎ上げて見る間に降ろし終えた。

「さぁ、これであんただけだ」

その言い種に、思い切りしかめ面をして手を振りほどいてやるのに、いっかな気にした風も見せぬ。
相変わらず図々しい。

「足」
「ん?」

「足をどうしかしたのか?」

先ほど、リーダーがおれに訊いたことを気にしているらしい。

「別に。動いている車椅子を足で止めただけだ」

「前々から思ってたんだが…」

あんた、時々思いっきり莫迦だな。

「莫迦じゃない、かつ…」
ばっ…!
か、は聞き取れなかった。
が、あんたは、今、ヅラ子さんだってことを忘れないでいてもらいてぇ。あのチャイナ娘をみならってくれ、と真顔で懇願された。
そうでなきゃ、お互い困るだろうがよ、と。
言わんとせんことはわかるのだが…何故そこで顔を赤らめる必要があったのか、それがわからん。



「じっとしてて下さいませんか、お嬢さん。おっことしちまう」

わざとらしくお嬢さんと呼ぶその顔が小憎らしい。

言葉遣いもやけに丁寧でやはり薄気味悪い。

「だったらおろせ!」

「無理言わないで下さい。せめて下までは辛抱していただかねぇと」

「いいからおろせ!」

「こんな急な土手で?そりゃ暴挙ってもんですよ?」

手は振り払ったものの、いきなり横抱きに担ぎ上げられてこのざまだ。
おれを抱えてさえいなければ土方などこの土手で思いっきり転げれば小気味いいのだが、一蓮托生とあればそう願うわけにもいかぬ。

「じっとしてればそれだけ早く降りられるぜ」

そう言うなら、と不本意ながらじっとしていたのに。
平坦なところまで降りても降ろしてもらえぬのは何故だ!

「もう降ろせ。平坦な所は歩ける」

「言ったでしょう?おれは忙しいんで、少しでも時間が惜しんですよ」

「耳元で囁くな、気色の悪い!」

「おや、そいつぁ失礼」

嘘つきめ。
これっぽちも失礼だなどと思ってない癖に。
あ、もうだめだ。思考を余所にやらねば、この状況に耐えられぬ。気持ちが悪い。

そうだ、前向きに考えるのだ!
簡単な事情聴取が終われば、土方とも、あのご婦人ともおさらばできる。あとは気持ちを切り替え、リーダーと花火を楽しめばよい。
もう少しの辛抱だ。
もうすぐこの最悪の状態から逃れられるはず。
おれをおとさない程度にとっとと歩け、芋侍!

おれの願いとは真逆に唐突に土方がピタリと歩みを止めた。
ひょっとしたら…目的地に着いたのかもしれぬ。
なら、すぐにでもリーダーの身の潔白が証明できるだろう。
運気の流れがこれでかわり、リーダーと楽しい時間が過ごせるような予感がした。

なのに

土方はおれを降ろさないどころか真っ直ぐ前を向いたまま微動だにしない。
一体何ごとかと思い土方の視線を追うと……

そこには懸命に商売に励む長谷川さんの姿。
そしてその隣には、今日突然仕事が入ったとかでおれをこんな目にあわせた張本人。

その射貫くような視線に、嫌な予感ほどよく当たるというのは、逆にいい予感は外れるということでもあるのだ、とおれは思い知らされたのだった。


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