「La Vie」3


少女は無事。
車椅子も無事。
無事じゃないのはおれの足だけ。

まぁいい。
今日が終わればしばらくおとなしくしているさ。

それにしても、こんな人込みに車椅子の少女が一人でいるなんておかしくはないか。
付き添いの者はいなかったのだろうか。

止めた車椅子に少女を座らせ直した。
落ち着くのを待ってから土手を下り、少し離れた人の少ない所に移動しよう。
そこで事情を聞けばよい。
が、出来そうもない。
人波が邪魔というより非常に歩きづらい。
さほど痛みはない、まだ。そう、まだ、だ。
今はただじんじんと熱いだけだが、その内痛み出すのは火を見るより明らか。
どうしたものか。

突っ立ったまま思案していると、血相を変えた婦人が人の流れを局地的に堰き止めながらこちらに向かっているのに気付いた。
息せき切っているらしく聞き取れないが、少女を見ながらなにか叫んでいる。

また、なんだかとても嫌な予感がした。

「知り合いか?」

少女にたずねると、小さく頷いたので、母君か?と重ねて聞いたら、首を左右に振った。

「はぐれたのか?」
と更に聞くと、また首を振る。

これは、もしや?

おれの疑念に気付いたのか、少女が忙しく両手を動かし始めた。
手話。やはり。

「ヅラ、この子どうしたネ?」

リーダーが不思議そうに訊く。
だが、手話についての講釈は後回し。
先にこちらが聞かねばならないことがある。

「リーダー、この子は元々どこにいたのだ?」

「土手の下の店アル」

ドングリ飴のお店の隣の輪投げのお店。


その子がどうしてここにいる?まさか勝手に連れだしたのでは?

事情を聞こうとするおれの声を遮って、あのご婦人の金切り声が聞こえてきた。
しかも、リーダーを真っ直ぐ指差しているではないか。
その声は沖田にも届いたらしく、まるで子どもが新しいおもちゃを与えられた時のように目を輝かせた。
本人はぽーかーふぇいすを気取っているつもりかもしらんが、嬉しさが口の端に滲み出ている。

案の定か…まずいぞ。
騒ぎ立てる婦人をなんとか宥めたいのだが、興奮しきっていて手がつけられない。
誰の声も届かないばかりか、何かを伝えようとしている少女の手元さえ見ていない。

このご婦人の相手だけでも大変なのに

「ちょいとそこらで事情聴取させてもらいやしょうか」

とこんな時ばかりは警官風を吹かせて沖田が割り込んでくる。

リーダーはリーダーで、人を誘拐犯みたいに言わないでほしいアルな、と端からけんか腰。
売り言葉に買い言葉、沖田も事情聴取させろと譲らない。
もう滅茶苦茶だ。

おれは現実逃避したかったのだろう、 おれ達にちらと一瞥をくれただけで、目的地に進む歩みを止めない歩行者の群れを妙に感心しながら眺めていたことを覚えている。

さぁ、どう収拾をつけるべきか。
この場を逃がれても素性がばれている以上、沖田さえその気になれば万事屋で嬉しくない再会を果たすだけ。
第一、この足では逃げ切れまい。
拘束する口実を与えてやるようなものだ。

「大丈夫、きっとただの誤解でしょう。でも、ここは危険なので、少し場所を移動し、まずは落ち着いてからお話をうかがいましょうか」

藁にも縋りたい時に真選組にしては珍しく真っ当なことを言う奴が現れ、まさに天の助け!と喜んだのも束の間、言ってることはまともでも、当人が全然まともではない男だった。

おれは運の悪い時は、とことん悪いらしい。

「なんですかい、土方さん。おれが先に事情聴取しようとしてるところですぜ?」

一難去らぬうちに、また一難。
おれは厄日に違いない。
もしくはリーダーと二人ともだ。

「ちげぇだろ。てめぇは騒ぎを大きくして楽しもうとしてるだけだろうが!」
見ろ、まだまだ人が増えてやがる。
こんなところで遊んでねぇで、見廻りに戻れ!と土方は沖田に顎をしゃくってみせた。

貴様もな!と言いたいのを堪え、おれは待った。
土方はどう出るか?沖田同様おれに気付かないわけがない。こいつはおれのバイト先の常連客だ。


突然降ってわいた厄災その二ーいや、銀時を入れると三かーは、それなりにてきぱきと事態を収拾したが、そのままおれ達を解放する気はないらしく
「事情はあちらで伺いましょう、お嬢さん方」
としれっと言いやがった。

お嬢さん方というのはリーダーと見知らぬ少女のことのはずだが、にっこりと嬉しげに頷いたのはなぜか例のご婦人で、土方が話し掛けたのはおれ。

やはりなにもかもがおかしすぎだ。


←←←BACKNEXT→→→