「道はそれぞれ 別れても」 その11


「そういう訳なら、せいぜいそっち方面には足を向けないようにしねぇと」
桂君の話を聞き終わった沖田がしたり顔をする。
そっち方面とは源外のからくり堂のことだ。瞬間移動装置作りを邪魔はしないという、沖田なりの配慮の表明に他ならない。
「しかし、そんなもん本当につくれちまうもんなんですかねぃ?」
そのくせ、そんなことを言う。
「論より証拠ってゆーでしょ?」
ほら、ここに。
銀八が人差し指を顎に当てた。自分の生徒にそっくりな沖田を前にして、先ほどまで桂君相手に展開していた講義の続きをしている気になっているのかもしれない。
「そりゃそうなんですがねぃ」
沖田は微妙な顔つきだ。桂君に、自分とそっくりの3Z組風紀委員沖田総悟について教えられ、その写真を見せられた時の表情と同じ。
「珍しく協力的じゃね、どうしちゃったの?」
「ダンナはともかく、桂のそっくりさんなんかにうろちょろされて誤認逮捕だなんてことにでもなったら洒落になんねぇ」
沖田は銀時に目もくれずにそっけなく言った。
逮捕、ですめばまだしもうちの誰かが斬り捨てでもしちまったら流石のおれも寝覚めが悪いってもんでさぁ。
「あんたもこんな訳のわかんねぇ余所の世界で斬られたかねぇでしょう?」
にたり。
そのくせ、桂君にはとびきり人の悪い笑みを浮かべてみせた。
両隣の天パ二人は昼行灯丸出しのだらしない恰好と顔つきで沖田の話を聞いていたのかいないのか、掴み所がない為体で (むろん、それはフリに過ぎないと沖田は嫌というほど知ってはいる)、気のいい眼鏡の少年は、寄せた眉に不快感を滲ませている。みな、沖田の予想通りだ。 しかしながら、沖田が大いにがっかりしたことに、当の桂が君顔色一つ変えていない。綺麗な姿勢を崩すことなくじっと座っているだけ。その背筋の延ばし方がまた桂そっくりで呆れるほかない。
ちっ。
親切ごかしはしたが、桂のー本人ではないがー動揺する様を拝める滅多とないチャンスと勢い込んでみただけに当てが外れた形だ。
そういえば、と沖田は内心で舌打ちしながら思い出していた。 全てを知りたいという己の要望に応え、自分がどうしてここに来ることになったのか、元いた世界はどんなところだったのかを語った少年の言葉を。
「先生と坂田さん、それに桂さんと俺、よく似てるでしょう? 新八君も、神楽ちゃんも、それに沖田さんも俺のクラスメートにそっくりなんです。しかもー」
淡々とそれでいて鮮やかに語る口吻が既に桂そのものだったことも。
なるほどねぃ。
しかも似てるのは見た目だけじゃないんですよ、か。
道理で、こちらの桂も大概肝が太いらしい。
しかし、沖田がそう言うと、違いますよーそう桂少年は首を横に振った。
「俺、沖田とは特別仲がいいって訳じゃないんですが、かといって仲が悪いわけでもないし……だから、沖田さんから誤認逮捕だとか斬られるだとか言われても、その……なんだかピンとこないんです」
訥々と言う。
「だって、クラスメイトー仲間なんで。あの、なんか、すみません」
最後は力なく微笑んだ。
仲間。
桂の口からは一生出ないであろう言葉だ。
沖田は、ふとこの少年のいた世界に思いを馳せかけた。そこでの沖田総悟と桂少年の日々はどういうものなのだろうか、と。が、やめた。
柄にもねぇ。
思いがけない言葉と、見惚れそうになるほど邪気のない微笑みに、意表を突かれただけのこと。
そうだ。沖田総悟は己一人。そして、桂小太郎も。眼前にいるのはただのコピー。しかも、出来はそこそこいいが、沖田にとってはただの劣化版だ。なぜならー
この桂では沖田総悟を殺せない。
そんな者に興味が持てる訳もない。それどころか、桂に似ていれば似ているだけ腹立たしくさえ思えてくる。
おれにかすり傷一つ負わせることも出来ねぇ奴が、桂小太郎を名乗ってるだなんておかしいじゃねぇか。
学生と攘夷志士、比べる方がどうかしているのは重々承知。理不尽だとは思うが、不服に思うのはどうしようもない。
だからこそ、もう一人の沖田総悟にも、その存在を不思議に思いこそすれ興味は持てない。 斬るか斬られるかの日常に身を置いていない者が沖田総悟であってよいはずがない。
そもそも、少しばかり気になっていただけなのだ。
この坂田銀八という男に出くわした時、近藤と違って沖田はすぐにいつもの万事屋とは違うことに気がついた。 目の前にいたのは逆立ちしても沖田に刃を向けることすら出来ない男。あくまで「斬られる側」の人間だった。なのに、この男は近藤が、そして近藤に調子を合わせた沖田に万事屋であることを否定しなかったのだ。
こりゃ、なにかありそうじゃねぇか。
訝しんでいたところに、珍しく自分たちと別行動していた土方が、朝っぱらから派手に桂を追いかけ回したと耳にするにいたって、沖田は確信した。
なにかある。ない訳がねぇ。
一度首をもたげた好奇心を満たしてやるために軽く様子を見に来てみただけのこと。全てをあっさり白状されてしまった今、これ以上好奇心の抱きようもない。
ただ一つ、気になるのはー
「そっちの……」
「はい?」
「……なんでもねぇ。忘れて下せぇ」
そちらの沖田には姉がいるかどうかを問いかけて、思い直した。仮に存在していたとしても、その人は自分とは縁もゆかりもない人ではないか。
なら、もうここに用はねぇ。
自分にそう言い聞かせた。
「とにかく、邪魔はしねぇようにしやすし、他の連中にも、あのあたりに近づかねぇよう上手く言っておきやすから」
勢いよく立ち上がり、そうそうーと沖田は付け加えた。
「土方の野郎もせいぜい協力してくれることでしょうよ」
またぞろ人の悪い笑みを浮かべると、沖田はその場の全てにキッパリと背を向けた。

その言葉どおりに真選組の一番隊隊長沖田総悟は、銀八と桂君の前に二度と現れなかった。


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