「道はそれぞれ 別れても」 その10


「ーったく踏んだり蹴ったりだ」
銀時の血を吐くような一言に一同は声なく賛同した。皆、疲れてきっていたのだ。身体よりむしろ、精神の方だ。
万事屋のいつもの居間。W桂はしゃんと背筋を伸ばして座り、W坂田はごろりと寝そべっている。時折、新八が手際良く家事をこなしていく小気味よい音が響いてくる。
からくり堂から戻ったのはつい今し方。なのに随分時間が経ったように思えるのは、神楽という名の猛烈な嵐に翻弄されたからだった。

くたびれ果てて万事屋に辿り着いた銀時、銀八、桂、桂君の四人は、帰る早々"何故自分を置いていった"と神楽にこっぴどく責められた。
「おまえが銀八あるか? 銀ちゃんそっくりの分際でわたしの教師とは生意気ネ!」
初対面でいきなり罵倒された銀八は、
「あー、そー、なんか、ごめんねー」
銀時そっくりのなおざりな対応で、顔面に怒りの洗礼を見舞われ、一方の銀時は、
「そもそも銀ちゃんが悪いネ!」
完璧な言い掛かりをつけられた挙げ句、やはり鉄槌を下された。
さすがの神楽も桂君には無茶を言わないだけの分別はあったが、桂本人となると話は別だ。 銀八と銀時が各々のダメージから復活するまでの間に、酢昆布一年分の上納を約束させられた。
上記の銀時の科白は、嵐が定春を散歩に連れ出した後、こっそりと溜め息のように洩らされたものだ。
「だが」
これまた溜め息のように桂が言った。
「これからが正念場だな」
何事かを思案しているかのようにしかつめらしく腕組みをしている。
「「何がよ?」」
天パコンビがいささか過敏気味に反応した。神楽のお仕置きが余程堪えたものらしい。
これ以上の災難が?と双方の顔が語っている。
「待つだけーというのは案外大変なすとれすだからな。待つ内に苛々したり不安になったりするものだ。それをどう遣り過ごすかー」
「確かにそうかもしれませんね」
なぁんだーとばかりに脱力する二人と違い桂君が即座に応じた。
「そういえば俺、そろそろ文化祭のことが心配になってきました。みんな大丈夫なんだろうかーって」
本当に気を揉み始めたらしく、不安げな目で銀八を見た。
「今気にしてもしゃーねぇ。 言うだろ?『待てば甘露の日和あり』ってよ?」
「海路じゃないんですか?」
「意味は同じだ、覚えとけ。 ああ、ついでにー
受験戦争組はそのまま諺や格言についての講義に突入し、
「そういや籠城戦より攻め戦の方が気が楽だったよなー」
「猪突猛進型だからな、貴様は。考えるより先に身体が動く」
「ちょ、人をどーぶつみたいに言うのやめてくんない?」
「貴様と高杉ときたら、先鋒争いと言えば聞こえはよいが、ただのすたんどぷれい好きで」
「高杉はともかく、おれがいつスタンドプレイやたってよ?」
「多すぎて一々覚えておらんわ!大体9割がたそうだったではないか!」
「覚えてないくせに決めつけてんじゃねーよ」
「事実だ」
「あのなー
攘夷戦争組は戦時中の話について侃々諤々はじめた。
どちらにも加われない、加わりたくもない新八は、その間も黙々と家事に励んでいる。

そうして新八の家事も二組の話題も一段落した頃、桂がすっと立ち上がった。
「なんだ厠か?」
「おれは消える。そこの二人、隠せるものなら隠せ。無理ならそのままでもよい」
銀時の軽口をきれいに無視し、一方的に告げた桂は本当にするりと窓から出て行ってしまった。
「桂さん、お気をつけて」
新八の声はあの後ろ姿に届いたろうか。その唐突さと素早さにポカンとするばかりの銀八と桂君の前で、 銀時と新八はさっさと桂の言い置きについて相談を始めた。
「ヅラの様子から察するにー」
「ええ、多分そうですね。どうしましょう?」
「どうしましょうってもよ、もうバレてんだしな」
今更何が出来る? ああ、もう面倒くせぇーと銀時はボリボリと頭をかき始めた。
「ひょっとしたら……とは思ってたけどよ、ちょいとご登場が早すぎじゃね?」
「ご登場?」
首を傾げる桂君に
「そ。真選組の総一郎君。招かれざる客だ」
「総一郎君、とは?」
「沖田のことだろ、多分」
銀八の言葉に目を丸くする桂君だったが、新八に当たりだと教えられると、その目をもっとまん丸くした。
「不思議ですね。思考まで似るというか、こういうことまで解ってしまうもんなんでしょうか?」
「や、ここに来て早々近藤と沖田に会ったって言ったろ? 近藤勲と沖田総悟。"総一郎"に似てるのはどっちだって話。そんだけのことだ」
これで実は近藤のことだってんなら流石についてけねーよ。
銀八が面白くもないという風情で煙と毒を吐いた。
「神楽ちゃんがいない時でよかったですね」
やれやれと新八が胸を撫で下ろした。確かに不幸中の幸いだ。
「これ以上厄介事を抱え込むのは御免だからな。あ、別におめぇのことじゃねぇからな?」
銀時は桂君に言い、銀八にも顎を向けた。
「ついでにてめぇもな。と、そういうことにしといてやらぁ。おれにそっくりなことに感謝すんだな」
「ーそりゃぁ感謝感激雨あられ」
抑揚のない声でさらっと流した銀八は特に桂君の方を向くわけでもなく、
「ちなみにこれは"乱射乱撃雨霰"のもじりだ。元は日露戦争のだなー
迫りつつある(らしい)来客のことなどうっちゃって暢気に講義を再開しようとしたが、その続きを話すことはなかった。 その前に、くだんの客が到着したらしく呼び鈴が鳴り響いたせいだ。
「あー、一応どっかに隠れた方がいいわけ?」
講釈を止めた銀八の声は暢気なままだ。動き出そうとする様子は微塵も見せない。
「だーかーら、どうせバレてんだし無駄だ。 それにヅラも言ってただろ? 無理ならそのままでもーってよ」
銀時の声にも緊張感の欠片もない。
「じゃ、そーゆーことで」
軽く言う銀八に銀時も頷く。
「いいんでしょうか? それで?」
桂君が心許なげに銀時に訊き、新八もそれに倣った。
「本気ですか、銀さん?」
「本気で捕り物やらかす気なら、土足でどかどか踏み込んでくんだろうよ。ったく、呼び鈴なんて鳴らしていっちょまえに客気取りかよ」
どうせ高見の見物としゃれこみに来たに違いねぇんだ。ほっとけほっとけ。
二人にひらひらと手を振ってせ、銀時はまたごろりと寝転がった。銀八も懐から新たな煙草を取り出しゆっくり火をつける。
「……あんた、せめて出てみようとか思わないんですか?」
新八に冷たい視線を寄越されても、その内勝手に入ってくんだからーと銀時は取り合わない。
「ービンゴっぽいな」
銀八が煙を吐きながら唐紙に目を遣った。
「なぁにがビンゴなんですかぃ?」
音もなく唐紙を開けて現れた沖田は、誰の返事も待たずごく自然に銀時と銀八の間に腰を下ろした。ちらりと銀八、そして銀時へと向けられた視線は最後に桂君に注がれた。
「……弱ぇ」
小さく呟く沖田に、それきりこの一件への興味をなくしてくれないかと願った銀時だったが、
「で、なんでこんなことになってんですかぃ?」
探るような目つきを隠すことなく向けられては、瞬時に諦めざるを得なくなった。
だよな。こんな面白そうなこと、こいつが黙って見逃すわけねぇよな。
「おれが聞きてぇよ」
できるだけ素っ気ない態度で見せられる手持ちのカードなどないことをアピールするが、その程度であっさり引き下がるような沖田ではないことも端から承知。
「なんで来たの?」
っつーか、一番訊きたいのはなに?
単刀直入に切り出した。
「全部でさぁ」
全部、と繰り返した。
「そちらのダンナそっくりなお人に会った時から気になってやしてね」
こうして並んでてもそっくり過ぎて笑っちまいまさぁ。
「無論、そっちのお人もですがねぃ」
そっちのお人、というのはむろん桂君のことだ。
「知りたいことがあるんなら直接本人に聞けば?」
銀時の言葉が意外だったのか、沖田は訝しむような表情を見せたが、
「どうぞ、なんでも訊いて下さい。 俺が解る範囲でよければお話しします、沖田さん」
律儀にこたえる桂君には毒気が抜かれたらしい。胡座のままではあるけれど背筋は伸ばし、
「じゃ、お願いしやす」
意外と素直に頭を下げた。
そんな沖田の様子を眺めながら、ちったぁ可愛いとこもあるんじゃんーと銀時は思い、こっちのもかなり毒もってんなーと銀八は思っていた。



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