「猫の愛〜katzen  liebe〜」 前篇


「でな、銀時。今朝、ちゃあが返事をしてくれたのだ。」
ああ、朝っぱらから頬染めちゃって。
それがそんなに嬉しいんですか、このやろー。
「なぁ、聞いておるのか?」
はいはい、聞いてますよー。
それがそんなに大事なことなんですかってぇの。



「なぁ、聞いておるのか?銀時ぃ?」
小太郎は、捨てられた子犬のような目で訴えてくる。
だから、ああ、聞いてるよ。おまえが勝手にちゃあと名付けてかまい倒そうとしている野良猫が鳴いたんだろ?とちゃんと返事をしてやった。
すると、小太郎は実に嬉しそうにピンと背筋を伸ばして姿勢を正す。
そのくせ、
「違う。鳴いたのではない。おれに返事をしたのだ」
なんて言う。

銀時は、小太郎が大好きだったが、こういう思い入れが深すぎる部分はちょっと苦手だ。
それが自分に向けられている時には、少々煙たがる程度ですむのだが、他のものに向けられるとなると、苛立つし腹立たしいだけだ。

「はいはい、返事したんだー」
「うむ。可愛い声だったんだぞ」
「よかったねー」
「それはもう!」
「よかったねー」
「おまけに、ちょっと撫でさせてくれた」
「よかったねー」
「うむ!」

ああ、なんでそんな嬉しそうなの、おまえ。
おれは思いっきりやる気のねぇ声で返事してんのに、お前の耳にはどう聞こえてんの?
ああ、猫が自分に返事するように聞こえるくらいだから、自分の都合の良いように聞こえるのね。
羨ましー。

「だから、今日も帰りに会いに行くのだ」
「そう」
見に、ではなく会いに、なのだ。
こいつときたら、まったくどうかしている。

「だから、銀時も一緒に会いに行こう」
はぁぁ?なんでおれ?
勘弁してくれよ。
もちろん、おれはキッパリ断るつもりだった。けれど
「行かないのか?」
やっぱり子犬のような、うるうるした瞳で見つめてきやがる。
この目を見て突っぱねられる奴がいたら、そいつの心は石で出来てるに違いない。

「わーったよ、行くよ、行く」
それを聞いた小太郎は、満足そうに微笑んだ。
まるで花が咲いたみたいに、周りがパッと明るくなった気がするなんて……やれやれ、おれもどうかしている。

「ちゃあ、ちゃあ」

授業が終わるや否や、早く早くとせっつく小太郎に引きずられるようにして、連れてこられた竹藪の側で銀時は所在なさ気に立っているし、 小太郎は、一生懸命猫なで声を出して猫を呼んでいる。

おれのこともたまにはそんな声で呼んでみやがれ、と銀時は少し面白くない。
みゃおう、と小さな声がして、名前の通り茶色い子猫が藪の中からひょこひょこ出てきた。

「な?おれの呼びかけに答えたであろう?」
実に嬉しそうな小太郎。
はいはい、良かったね。
でもな、こんな野良、餌を持って日参されたら、お前の姿見ただけで出て来て当たり前だって。
こいつは、おまえじゃなくておまえの餌に媚び売ってるだけなんだぜ。

「はい、お食べ」
小太郎は懐から煮干しを出して、子猫に与えている。
そのむさぼる様子を幸せそうに見つめる小太郎を、銀時はぼんやり見ていた。

うひゃぁ!
急に、得体の知れないものに足を触られて銀時は大声を上げた。
見ると、自分の足に子猫がすり寄っている。
まるで何かをねだるように、銀時の両足に体をこすりつけながら、ゆったりと足元を一周する。
そして、二周、三周と。

「くすぐってぇよ、おれぁなんも持ってねぇ!よせよ!」
ちゃあは、銀時の言うことなど何処吹く風で、相変わらず足元をちょろちょろし続ける。
動物とはいえ、ここまで親愛の情をあからさまにされると、銀時とてさほど悪い気はしない。
のだが……それを目を丸くしてみていた小太郎が「いいなぁ、銀時」と実に羨ましそうにつぶやくので、銀時は身のすくむような想いを味わうことになった。

どうにかじゃれつくちゃあを振りほどいた銀時は小太郎と一緒に竹藪を後にした。
お互い、それぞれの家に帰る為に途中で別れたのだが、別れ際に小太郎が言った、ちゃあは銀時が好きみたいだな。明日も一緒に行こうな?という一言に銀時はいたく打ちのめされた。
その言葉に、みじんも妬心が含まれておらず、ただ、素直に羨ましいという気持ちしか込められていなかったことが、より銀時をやるせない気持ちにしたのだ。

銀時は割と動物に好かれる。
それは、自分の生い立ちが動物じみていて、あいつ等にとっては同類の匂いがするのではないか?と、実は銀時にとってあまりありがたいことではない。
一方の小太郎は、無条件で動物を、場合によっては年少者を愛玩しようとするところがある。
しかも、その弄り方がかなり”ねちっこい”こともあり、大抵の動物は持って生まれた勘で、そんな小太郎を忌避しようするのだ。
銀時にとってあまり好ましくないことが、小太郎にとっては羨ましくて仕方がないなんてー

ああ、可哀想なヅラ。
可哀想なおれ。


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