「ちゃあ、お食べ」 そう言って今日も小太郎は煮干しを差し出す。 小太郎に連れられた銀時も、しぶしぶに竹藪に来ている。 ここ毎日、こんなことの繰り返し。 近頃では、名前を呼ばれなくても銀時達が近付いてくる気配を察して、ちゃあは自ら姿を現すようになっていた。 ちゃあが大人しく煮干しに夢中になっている姿を見つめる小太郎の目はとても優しい。 伏し目がちになるので長い睫が強調されて、一本一本数えられそうなほどよく見える。 頬は柔らかくゆるんでいて本当に嬉しそうだ。 銀時は、猫にかまけている時間があれば、小太郎や他の仲間達ともっと違った遊びをしたいのだが、小太郎がちゃあに夢中なので我慢しているだけ。 それに、そんな嬉しそうな小太郎を見るのはやぶさかではない。 それでも、煮干しを食べ終わると、ちゃあは恩知らずにも小太郎のことなど知らんぷりで、銀時にじゃれてくる。 それが銀時には辛い。 小太郎に羨ましそうな目で見られるのは胸が痛い。 ある日、小太郎の眼差しに我慢できなくなった銀時は、 「今日は行かねぇ」 とうとう誘いを断わった。 小太郎は随分悲しそうで、ついついほだされそうになったが、なんとか前言を撤回せずに、その日は家から一歩も出なかった。 しかし、翌日、懲りもせずに銀時を誘う小太郎に根負けして、銀時はまたしぶしぶ竹藪に向かった。 「なんで毎日おれを誘うわけ?」 おれを見ても羨ましくなるだけなのに、と銀時は不思議で仕方がない。 「一緒に行きたいから。それにちゃあは銀時が好きみたいだから。昨日は銀時がいなかったから、ちゃあは煮干しを食べるとすぐにどこかに行ってしまったんだ」 は?猫の為? 猫がおれを好きだから? おいおい、お前、それでいいのかよ。 あの猫を好きなのはおまえなんだぜ?他人になついてるとこなんか見て楽しいのか? おれにはわからねぇ。 それに、なんて猫だよ。誰がお前に餌くれてると思ってんだ。薄情にも程があるよね。ヅラにこんな顔させやがって! 「ああ、やはりちゃあは銀時が来ると嬉しそうだ」 銀時の胸中も知らずに、小太郎は楽しげなちゃあを見て喜んだ。 しかし、銀時に嬉しそうにじゃれるちゃあを見て、幸せそうなそれでいて羨ましそうな小太郎の顔を直視できない銀時にとっては、またしても辛い時間となった。 ああ、なんとかなんねぇかなぁ? その日、家に戻った銀時は一生懸命に考えた。 どうすれば小太郎にあんな顔をさせなくてすむのだろうか、と。 まず、考えたのが、自分がちゃあに嫌われる作戦。 ヅラのいない間に竹藪に行ってちゃあに蹴りでも入れてやろうか? いやいやいや、さすがにそれはないわ、可哀想だわ。第一ばれたらヅラに殺される。 それに猫は祟ると怖ぇえ。あ、こんな事考えただけでもやばかった、おれ?御免、謝るよ。 だから、猫の神様勘弁してくれ!な?嘘だから!!! おれがちゃあに嫌われるってのはダメだ、というのがその結論。 やっぱヅラがあいつに好かれれば一番いいんだよな。 でも、どうやって? うーん、と普段めったに見せない本気を出して考える様があまりに珍しかったのか、基本、こちらから相談を持ちかけない限り子供のことには口をはさまない松陽が 「どうしました、銀時?」 珍しく声を掛けてきた。 「なぁ、先生よ」 「はい?」 「どうやったら猫に好かれるんだ?」 「おや、銀時は犬や猫に好かれる質ではなかったですか?」 「おれじゃねぇんだよ」 「そうですか」 内心、小太郎のことだろうと察しをつけた松陽は、それ以上何も問わず、ただ、 「好き、嫌いはどうしようもありません。銀時だって好きになれとか嫌いになれとか、他人に強制されるのはごめんでしょう?」 とだけ答えた。 「そりゃ、そうだけどよぉ」 不満そうな銀時に、 「好きや嫌いはどうにもなりませんが、猫を引きつける方法はないわけではありません」 静かに付け加えた。 次の日、小太郎からちゃあに会いに行こうと誘われるより先に、銀時から小太郎に声を掛けた。 珍しく積極的な銀時に小太郎は大きな目をぱりくりさせたが、逆に誘われたことがよほど嬉しかったらしく、二人とも上機嫌で竹藪に向かった。 「銀時も、ちゃあを好きになってくれたのだな?ちゃあも喜ぶぞ」 屈託なく小太郎が笑う。 その顔を見ながら銀時は、 「あ、あいつが好きなの、おれじゃないしぃ」 ぶっきらぼうに言った。 怪訝そうな顔をする小太郎に、銀時は懐から数本の小さな、なんの変哲もない野草を取り出して見せた。 「荊芥ってんだ。おれ、よく猫に好かれるけどなんでかな?って昨日先生に聞いたら、多分これが理由だろうって。おれ、山によく遊びに行くから、その度に着物にこれの匂いをくっつけてたみたいでよ」 そう言いながら、草を小太郎の目の前に持っていく。 「これ、おまえ持っててみろよ」 半信半疑といった風の小太郎に渡してやる。 竹藪に近付くと、呼びかけるまでもなく藪から出てきたちゃあは、一目散に小太郎に駆け寄った。 小太郎は、驚きと喜びでぽーっと耳まで赤く染めている。 「ちゃあ!」 抱き殺さんばかりにむぎゅむぎゅ抱きしめる小太郎を全く意に介さず、ちゃあはひたすら小太郎の握りしめている荊芥に夢中になっている。 「な、こいつ、これが好きなだけなんだぜ、おまえやおれより。失礼な奴だよな?」 おどけて言う銀時に、小太郎は 「ちゃあはこんなのが好きだったのか。ありがとう、銀時!」 心底楽しそうに声を出して笑った。 大の苦手な早起きをしてまで、昨日先生に教えられた場所まで荊芥を採りに行ってよかった、と銀時は、今ばかりは小太郎に負けないくらい晴れやかな声で笑うことが出来た。 ★「katzen liebe」直訳すると、ドイツ語で「猫の愛」です。 が、「偽りの愛」という比喩で使われるそうです。 |