白の風景 あるいは白い不安 3
あまりにも思いがけない銀時の言葉に、小太郎は自分の顔がこわばったのを感じた。
つまり…他に…?
けれど、そこから先は頭が拒否した。
なにしろ銀時の言葉が、頭の中でうるさい程に反響していたのだ。
うるさくて、うるさくて、何も考えられない。
気がついた時には、自分のものとは思えないようなかすれた声がのど元から飛び出していた。
「だれだ?」
しかし、瞬時に表情を固まらせた銀時を見ると小太郎はなんだか居たたまれなくなってしまい、すまん、という一言だけをどうにか絞り出すとそのままその場を走り去った。
つまり、逃げ出したのだ。
おかげで昨夜は、明日になってどんな顔をして銀時に会えばいいのか、なんといって話しかければいいのかを
止めどなく考え続け、寝苦しい一夜となった。
それでもいつの間にか朝を迎え、見事な白銀の世界にかこつけて精一杯の陽気さを身に纏って銀時に会いに来たというのに。
いつも通りのたわいもない話をしたいと願って来たのに。
「止まないな」
凍てつくような時を解放しようと、やっとの思いで明るい声を上げたのに、銀時は答えてくれなかったのだった。
なおも言葉を継いだ時ですら。
「昨日は」
沈黙の重みに耐えかねた小太郎は、銀時からの反応を待つのをやめ、もう一度話しかけてみた。
それでやっと銀時が小太郎の方を見た。
その紅い両の瞳に己の姿がぼんやりとうつっていた。
そんな些細なことが嬉しかったのに、今度は小太郎が先に目をそらしてしまった。
なぜだ。
自分でもなにをやっているのか判らない。あとに続く良い言葉が出てこないことも歯がゆい。
「…おれは」
「すまなかった」
やっと何かを話し出そうとした銀時を、だが、小太郎はすぐに遮った。
「…おれなどが聞いてよいことではなかった。おまえの気持ちも考えず、つい…すまなかった」
その一言で、なんともいえない複雑な表情を見せる銀時の心を置き去りにしたまま、小太郎は
それきり話を打ち切った。
銀時の話を聞きたいとさっきまでは確かに願っていたはずなのに、何故か急に己はそんなことは聞きたくないのだと、
知りたくないのだと知ってしまった。
昨日、自分の知らない想いを秘めていた銀時を知って、小太郎はわずかに怯えていたのだ。
足下が急に崩れていくようなこの不安感はなんだろう?
またしても、重苦しい沈黙に支配されようとした時、
「きれいっちゃぁきれいだけどよぉ、寒過ぎらぁ」
いつものやる気なさげな声に我にかえると、顔をしかめてみせる銀時がそこにはいて、小太郎はそれだけのことでいつもの世界を取り戻した。
けれど、先ほど感じた小太郎の不安は、いつまでもくすぶり続けることになるだろう。
当の本人も気づかない心の奥底でじんわりと。
「もう中に入ろうぜ。おめぇも雪ん中歩いてきて、足先濡れてんじゃねぇの」
「ああそうだな、さすがに冷たくなってきた」
お互いにそう言いつつも、小太郎も銀時もその場をじっと動かなかった。
無音の世界にたたずむ二人の心は、どこかまだ怯えていたのかもしれない。
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