白の風景 あるいは白い不安 2

松陽宅には時折、村の女衆の中で手があいている者が様子を見に来る。
誰に頼まれたわけでも強制されたわけでもなく、ただ、当然のように通っている。
台所の下働きをしてくれたり、火熨斗をかけてくれることもあり、松陽と銀時の男二人世帯にとっては、とてもありがたいことだ。

この慣習は小太郎の知る限り、もう何年も続いている。
それもこれも、師、松陽の人望の厚さ故と小太郎はまるで己のことのように誇らしく思っている。
しかし、一時はこの美しい慣習も途切れそうになったことがある。
きっかけは、銀時が松陽宅に引き取られたことだった。

松陽が、どこからとも無く連れてきた異形の者を屋敷に住まわせていると知った時、 村人はー女衆だけではなく男衆までもがー驚き、呆れ、そして畏怖した。
それでも、銀時が松陽の私塾の生徒達に受け入れられ、馴染んでいくに従って、遠のいていた足はようよう再び松陽宅へ向けられるようになった。
日頃は女衆への感謝の念を抱き続けてはいるものの、それでもなおその一連の流れを、小太郎は胸の痛みと共にしぶとく覚えている。

だが、今はどうだ。
あれから十年近くの時が過ぎ、かつて銀時を畏怖したであろう者たちの妹や、場合によっては娘達が自然と代替わりをして通っている。
彼女らはもう、銀時を恐れることなど全くない。
むしろ銀時会いたさに、嬉々として通っている者もいるように小太郎は感じた。
自分たちとそう変わらない年頃の、麻の葉の布子がよく似合う人の良さそうな娘、彼女などは銀時と口をきく時、端から見ても随分と楽しそうに見える。
それも決して心はずむような内容ではなく、掃除の邪魔です、とか、薪が足りないので割って下さいだのといった、 ありがたくない話ばかりで、銀時に決してよい顔はされないにもかかわらず、なのだ。
きっと彼女はただのお天気の話でも、銀時に話しかけることが出来るのであれば、ああやって嬉しそうに話すのだろうな、と小太郎は娘の丸い顔をぼんやりと見つめながら、そんな風に感じたことがあった。

「あの娘、おまえのことが好きなのだな」
昨日その見慣れた布子が帰るところをたまたま見かけたので、小太郎は自分が感じていることをふと口に出した。
「はぁ?なんでそう思うわけ?」
少しは驚いたり、喜んだり、照れたりするかと思っていた小太郎は、思いがけずだるそうな 一言ですまされてしまったことに、逆に驚かされた。
だが、それは銀時がただ気づいていないだけなのかもしれないと考え直し、「だっておまえと話す時はそれは嬉しそうなのだぞ」と教えてやった。
なのに、銀時と来たら「おまえ、何処に目をつけてんの?話すっていってもよぉ、薪を割れだの、井戸から水をくんでくれだの、仕事の言いつけばっかよ? どこに嬉しくなる要素があるっての?あ、それともなにか、おれを扱き使える喜びで嬉しそうってのか!」と思いがけず怒り出したのだ。
「ああ、もう仕方のない奴だな、で、おまえはどうなんだ?あの布子のことをどう思っているのだ?」
話がなんだかふらふらとそれそうになってしまったことに焦れ、気の短いところのある小太郎は単刀直入に切り出した。
「布子って何?なんで布子?」
「名前を知らんからだ!教えろ、銀時」
「なんで偉そうなの?おれだって知らねぇよ。だから、そんな奴に好きも嫌いもねぇの!」
「貴様、日頃あんなに世話になっておきながら…なんて失礼な奴だ」
「いや、失礼なのはおまえの方だからね。第一、勝手にあいつの気持ちを決めつけてんじゃねぇよ。それに…どっちにしろ、興味ねぇんだよ」
勝手ではない、と咄嗟に口をはさもうとした小太郎だったが、銀時の口調が段々弱くなったように思えてさすがに口を噤んだ。
なので、眼差しでだけ問うてみた。
それに気付いた銀時は、やれやれというように大きな溜息をついてみせた。
そして、こころもち真剣な面持ちで言ったのだった。

「本当だって。おれが好きなのはあいつじゃねぇ」



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