「墓のように残酷な」 3
「いらっしゃいませ〜」
可愛らしい声に迎え入れられた店内ではそれぞれ見慣れない服装をした少女たちが立ち働いていたが、自身、多少の(?)コスプレ癖のある桂は動じない。むしろ、こういう所に
慣れていると思われるトッシーの方が落ち着きがなく、そわそわしている程だ。不思議に思って桂が尋ねると「拙者、実は三次元の女の子は少々苦手でござって……」という何とも頼りない返事。では、と桂は思う。なぜ、この店をトッシーは選んだのだろうか。
「……ヅラ子たんと一緒なら、あんまり緊張しないですむから」
桂の疑問に気づいたらしいトッシーがおどおど言った。三次元の女の子に少しでも耐性をつけたいのだと。けれど、どうしても苦手意識が
先に立ってしまうので、二次元っぽい格好をした女の子からはじめようと思ったと。
「拙者、実はまだ女の子と手を繋いだこともないでござる」
だからーその……。消え入るような声で言いあぐねているトッシーを見かねて、桂は頷いた。
「かたじけない!」
「そういう約束だからな。だが、今日だけだぞ」
パアアアッと顔一面を綻ばせるトッシーに、でも、桂は釘を刺すのを忘れない。
「それでじゅうぶんでござる、ありがとうヅラ子たん!」
「で、結局、あの男を土方はどうしたのだ?」
トッシーの頼んだ料理が全て運ばれ、しばらく誰もテーブルに近寄っては来そうにないことを確認してから桂が訊いた。
あの日、桂がヅラ子に扮してまで取り押さえた男は、成り行きで土方にあずけることになってしまった。眼前での出来事にショックを受けたトッシーが、すぐにひっこんでしまったのでやむなく、だ。
「あの男、既にあちこちから手配されていたらしいでござる。だからそのまま入牢という仕儀に」
「……そうか、なら、よい」
「ヅラ子たんはあの男を捕まえようとして、あそこに?」トッシーの問いに桂は短くああ、とだけ答えた。
「どうして?」
「それは……トッシーが訊きたいのか?それとも土方の差し金か?」
「土方氏は関係ないでござるよ。拙者が知りたいだけでござる」
「攘夷にはなんら関係ない一件だが、念のために多少脚色させてもらう。平仄の合わんところは目をつぶれよ?」
トッシーが何度も頷くので、桂は話し始めた。
馴染みの大店(攘夷とは無関係の相手だぞーと桂は再度力を込めて言った)の娘が首を吊った。幸い発見が早く縊死は免れたが、意識不明の重体。
ここで、目の前のトッシーがショックを受けた顔をしたので「今は大丈夫だ。すっかりとはいかないらしいが随分快復したらしい」安心させるように言い、話を続けた。
部屋に残されていた遺書には、
男に騙されて金を貢いだ挙げ句、子を孕んだことを告げたら捨てられたーとあったらしい。実際、娘の高価な所持品が幾つもなくなっていたし、腹の子はもう四ヶ月くらいに育っていた。
「その相手があの男でござるか?」
桂は頷いた。
「困ったことに店の誰も相手の男を知らなくてな、手がかりがないかと娘の部屋を探して、やっと男からのものらしい文を発見したんだが……。らしいというのはだな、あいにく、表書きに娘の名が書いてあるだけで、文のどこにも男の身元を明かすような言葉が一つとして見つけられなかったせいだ」
「お手上げ、だね」トッシーは見るからに困ったような顔をした。
「ああ。だが、幸い娘にはしっかり者で評判の娘の姉がいてな、その姉娘がその文におかしなところがあるのに気づいてこう言ったらしい『宛名だけで、どうやってこの文は妹に届けられたのかしら?』とな」
「本当にそうでござるな」目を丸くしてトッシーが頷いた。そういう素直さに桂は思わず微笑んでしまう。
「それで、どうやって届けられていたのでござる?」
話の先をねだられて、「それはだなー」と桂は話を続ける。「この謎に家族が頭を悩ませていると、丁稚の一人が真っ青な顔で名乗り出てきたらしい。しかも上手い具合に男に宛てた遺書をまだ持っていてな」
「その丁稚、きっとすごくドキドキしてただろうね」自分も胸がドキドキするというように、トッシーは胸の辺りを手で押さえ、いかにも同情したように言った。
「だろうな。店を上げての大騒動だ。後で預かっていた文が娘の遺書と知って、真っ青な顔を更に青くしていたらしい」
「じゃ、その丁稚が相手の男を知ってたんだね?」
「いや、そうではない。それなら話は簡単だったのだがな」と桂は顔を曇らせた。
「その丁稚は、あの待合いを営む老婆に文を預けていると言ったのだ。そして、男からの返事も同じくその老婆から受け取っているとな。そこで、姉娘がその文を書き換えて、老婆から男に届けさせることを思いついた」
「そうやっておびき出したでござるか」
「そうだ。子が出来たことを父母に話したら、結婚を認めると言ったのでもう一度話し合って欲しい、と書き直した。筆跡は姉娘が真似ることで誤魔化した。案の定、男から次の逢い引きの誘いが来たのはよかったが……その姉娘がなかなか剛毅な質らしく」桂は笑い「
自分が妹の身代わりになって待合いに行くと言い張ったらしいのだ。それで親御が困り果ててな」
「で、ヅラ子たんが代わりに?」
「そういうことだ。後は、のこのこ現れるのを待って捕まえればよかった」
「……拙者があの座敷に行ったときは全部終わっていたでござるね」
結局、ヅラ子たんの役には立てなかった。それどころか土方氏を呼び込むことになってかえって迷惑をかけたかもしれぬ、と項垂れる。
「そうではない」桂は頭を振り「臆病なおまえがわざわざおれのために来てくれたのだ。嬉しく思わぬ訳がない」安心させるように言った。
「土方氏、驚いたでござろう?」トッシーはヅラ子の笑みに少し元気を取り戻したのか、どこか悪戯っぽい。
「正直おれも驚いたがな」桂もつられて苦笑し、「トッシーの格好をしている己と、目の前のおれに見知らぬ男、手にした大きな紙包み、そして一番驚いていたのはー
「場所でござろう?」
「身の置き場もないほどに動揺しておったわ」その時の土方の様子を思い出したのだろう、桂がくすくす笑うと、トッシーもつられるように少し笑った。
「なんだぁ!どうしたってんだ!」狭い座敷にトッシーの大声が響いた。
いや。確かに先ほどはトッシーだと思ったのに、どうやら今は土方らしい。口調が違うし瞳孔も開いている。
桂は頭を抱えた。
「ヅラ子さんんんんん!?」トッシー姿の土方は桂に気づくや、「なんであんたが、てか、ここは一体どこだ?おれは何をしていた?」狼狽えながら矢継ぎ早に質問をする。
「土方、少し静かにせんか。周りの客に迷惑だろう」他に客などいないと知っていたが、桂はあえてそう注意した。
「客?客って?ここは?」
「ここは待合いだ」
「待合いだぁ!?」
「だからでかい声を出すなというのに!」
「そりゃ、ヅラ子さんあんたの方ー
言いかけるのを目顔で黙らせた。
ややこしいところにややこしい男が来たものだ。が、入れ替わってしまった以上仕方あるまい。
「貴様、このろくでなしに見覚えはないか?」桂はねじ伏せている男を無理矢理立たせると、顔を土方の方に向けた。
「さてなぁ……何者だ?」
「おなごを食いものにするクズだ。人助けに出張ってきたが、どうせ他にも色々しでかしておるだろうから取りあえず貴様が連れて帰れ」
「なんでおれが?」
「貴様、警察だろうが。攘夷とは無関係だが、とあるおなごの名誉がかかっておるのでな、この件はこれ以上詮索するな」
「そんなややこし気な野郎、押しつけられてもなぁ……」
「おれが下手に連れ帰ると闇から闇に葬り去られてしまうやもしれんぞ?おれはそれでも一向にかまわんのだが……まだ真選組に捕まった方がマシだろうて」
桂の言葉に、見るからに男が動揺した。慌ててて逃げようとするのを今度は土方が足蹴にして易々と取り押さえた。
「本当は管轄外なんだがなよ」もろに管轄ドストライクのお尋ね者に向かってにやりと笑い、男を引っ立てながら「ここにはトッシーが?」尊大な態度とは裏腹に、幾分困惑気味な声で訊いてきた。
「どういう訳かおれがこの男に襲われているとでも思ったらしくてな」
「へぇ、あのへたれがねぇ……たいしたもんだ」
言葉は褒めているようだが、表情は違う。土方に、揶揄するような色が浮かんでいることに気づいた桂は眉を顰めた。
「だからこそ見上げたものではないか」つい、庇いたくなって土方をたしなめたまでした上、「どうにかしてトッシーに伝えてくれぬか。今日の礼におれがおまえに何かしてやりたいと思っているとな」等と普段なら思いも寄らぬことまで決めてしまった。
「そりゃ、ありがてぇ」
「貴様には言ってはおらん!トッシーに、だ!」
にやける土方をどやしつけた桂だった。
「でも、本当に良かったでござるか?拙者何もしていないのに御礼だなど」あの日の顛末を聞き終えたトッシーは心配そうだ。
「構わん。言ったであろうおれはそれほどに嬉しかったのだ」
「それがヅラ子たんと一日デートでも?」
「武士に二言はない」
言い切るヅラ子に「じゃ、次はもう一段階進めてメイド喫茶にするでござる」デレデレに溶けきったトッシーが意気揚々と告げる。
さんざんっぱら待たされて、やっと出てきた二人を見た銀時は正真正銘仰天した。
なんで仲良く手ぇ繋いでんだぁ!手ぇ離せ、もっと離れろ、てかいっそ死ねよ馬鹿野郎ども!
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