「あれは……ヅラぁ?」
頭をガシガシ掻きながら銀時は考えた。 どうしてヅラがあんな姿でこんな場所に、と。
なにしろ、ここはー


「墓のように残酷な」2


南北に真っ直ぐ延びるその広い通りは、歩行者天国ということもあって天気にも季節にも関係なく、年がら年中明るい賑わいを見せている。 それはこの通りに沿って林立する、多種多様な店舗のお陰だ。街を訪れる貪欲な人々の欲望を満たすべく、それらの店ではありとあらゆる娯楽を提供している。

その日、万事屋の主人がそんな場所にいたのは偶然でも何でもない。 銀時は昨日までの数日間、この街で行われる新店舗の開店セレモニーの準備作業にかり出され、昼夜を問わず働かされていたのだが、その間に、歌舞伎町の毒々しさとは違ったあっけらかんとした華やかな雰囲気にあてられてしまった。 辛い作業を、報酬が支払われた暁にはぜひここで歓楽してやる!と決めて発奮し乗り切った甲斐あって、今日、めずらしく潤沢な資金を手に朝一から出張ってきたのだ。
さぁってと、さんざんこき使われたんだ。どこかでパーッといくとしようや。
ひとりごちて、あっちをふらふらこっちをふらふら。どこで遊びましょうかと、遠足前夜の子どものように浮かれきっていた。思いがけず桂をみつけてしまうまでは。
ここしばらく姿を見せなかった思い人を偶然見かけた僥倖に、まずは素直に喜んだ。ヅラの奴元気そうじゃねぇか。またかまっ娘でバイトかよ、ご苦労なこったーと。けれど、すぐに思い直した。
ヅラ君、ヅラ君、かまっ娘に行くにはちょいと時間が早すぎやしませんか?
今はまだ午前中、場所もかなり離れている。
バイトじゃねぇなら、一体なんなんだ?
呼び止めて本人に問いただしてもいいのだが、桂が最近万事屋に顔を出さなかったことにひっかかってもいたのでそんな素直な気持ちにはなれない。 しかもバイト以外で桂がヅラ子の扮装をするのはかなりレアだ。朝っぱらからとなるとなお、心穏やかではいられなくてー。
まさか、朝帰りとかじゃねぇだろうな。ーにしちゃ、ちょいと時刻が遅ぇか。せっかく派手に遊び倒そうって時によ、ついてねぇなぁーったくよぉ!
内心悪態をつきながら、銀時はヅラ子姿の桂を追った。
真っ直ぐな通りを人混みに紛れながらの追跡は簡単で、銀時は適当な距離をおきながらも片時も桂を見失うことがない。大方の人があちらこちらと目を遣りながらウィンドウショッピングを楽しんでいるのに対し、 桂はハッキリとした目的地があるらしく、上手く人の流れをよけながらすたすたと脇目もふらずに歩いている。
まさか、このまま繁華街から出ていっちまうんじゃねぇだろうな。ま、そんならそんでいいけどよ。
桂がこのかまびすしい街を通り抜けるというのら、それで結構。そもそもここは、桂には不似合い過ぎる。 途中何度か遊びに戻りたさ半分で、近道か何かで通りかかっただけだろうと思いこみたくはなったが、その都度そんな邪念は振り払った。そうやって十分ほども歩いたろうか、桂が急に小走りになった。
気づかれたか?にしても、なんで逃げんだ、こら!くそ、取りあえずとっつかまえる!
勢い込んでみたものの、ほんの少し走っただけで銀時はその場に釘付けになった。どうやら桂が小走りに急いだのは銀時の尾行のせいではなく、前方に目的のものを見つけただけだったらしいのだが、その 目的の”もの”があり得なかった。あろうことか銀時の目の前で桂が駆け寄ったのは、土方十四郎その人だったのだから。
なんでだぁ〜!
腹が立つというより、ただただ驚いたが、銀時はすぐに自分の間違いに気がついた。
ありゃあ、トッシーじゃぁねぇかぁ!
端からそうと気づかなかったのには理由がある。トッシーがトッシーらしからぬ”まっとうな”格好をしているのだ。いつものような一目で”そっち系”と判る服装ではなく、 土方がオフの時に好んで着用している着流しを着ている。 それでも、銀時がすぐにトッシーと判じたのは、着こなしが遠目にもだらしなさ過ぎるせい。物を着慣れていないせいだろう、帯の位置も高すぎる上、変に締め付けているので 不格好だ。桂もそう思ったらしく、手早く直してやっているのがむかつく。トッシーがあからさまにデレているのにも。
桂にそうしてもらわんが為、トッシーに化けている土方ではないかとの考えもちらとは浮かんだが、すぐ打ち消した。立ち姿が明らかに変だ。あの奇妙なシナは、トッシー本人にしかできない芸当だろう。 なによりも土方の誇りがあれを真似るのを許さないはず。男のプライドを龍○散並に粉々の塵状にしなければ無理だ。
なに、なんなのあいつら、てか何やってんだ、莫迦ヅラ!どこからどう見ても○ートの待ち合わせじゃねぇかぁぁぁぁ!
銀時の裡なる修羅が暴れ回っていることなど露知らず、目の前の訳あり(?)カップルは合流してすぐ、移動を始めた。ただ、銀時がたいそうホッとしたことに、 二人は手を繋ぐことも肩を抱いたり抱かれたりすることもなく、単に肩を並べただけで淡々とした様子で歩いている。 こんな街を歩くより、どこぞの川縁などといったもっと落ち着いた場所の方が相応しいような落ち着きっぷりは、それはそれで心を乱されるものではあったが……。
やがて。いくらも歩かないうちに二人がたどり着き、ドアの奥に吸い込まれていったその先はー
マジで!?いい年こいてどこの残念な国の勇者だよ、あいつら!
シックな雰囲気の看板には不釣り合いの、”コスプレ喫茶”という文字。店頭で客を出迎えた二人の女の子(銀時には判らなかったが、いかにもトッシーの好みそうな衣装を着ている)が顔色一つ変えず、どこからどう見ても場違いな二人をにこやかに迎え入れたのは立派だ、と銀時は思った。
おれなら盛大に吹くわ。んで、後で二人してあいつらの悪口言うよ、絶対。だって……普通にキメェし。
こっそり店内を窺うも、外からは見えない仕様らしく、人影一つ確認できない。この手の店に入って先客に気取られずにすむかどうか自信が持てず、 銀時はやむなく外で二人が出てくるのを待つことにした。
こんなとこで立ちんぼかよ。今頃派手に遊んでるはずだったのによぉ、なんでこんなことになっちまったんだ。くそ、土方の馬鹿野郎、トッシーのキモオタ!
本日何度目かの悪態をつきながら、桂をコスプレ喫茶に連れて行ったなど、後で土方が知ったらどれだけいたたまれない気持ちになるだろうと考えることで、銀時はいささかの溜飲を下げた。


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