「墓のように残酷な」 5

「デートだぁ!?」
考えるのを意図的に避けてきた言葉を真っ直ぐ投げつけられて、銀時はしばし放心した。その機を逃さず、桂は「銀時、事情は改めて説明する。では、またな」それだけ言い置き、あろうことかトッシーを引っ張って駆け出そうとする。しかも、 先ほどまでのように一方的に桂がトッシーの手首を掴んでいるのではなく、今は本当に手を繋いでいるのが呆れるというか癪に障る。
「ちょ、待てこら、莫迦ヅラ!」我に返った銀時が慌てて止めるが、「邪魔をするな!」と桂はとりつく島もない。
「邪魔とはなんだ邪魔とは!あぁ!?」
「おれは今日1日トッシーとでぇとの約束がある。武士たる者、一旦約束をしたからには命を賭しても守らねばならぬ」
「武士の約束がデートかよ?頭沸いてんじゃねぇのか?それにしてもよ、なんでまたこんなことに……説明しやがれ!」
「言ったであろう、後で説明すると。今はでぇとの最中だ、断る!」
「デートデートうるせぇんだよ!あー、むかつく。言い訳もなしですかそうですか!」
「なぜおれが貴様に言い訳せねばならんのだ。事情は改めて説明すると言っておるではないか!何度言ったら解るのだ、貴様は」だから今は退けーつれない言葉に、銀時の怒りのボルテージは上がるばかりで、 当然、怒りの矛先はトッシーにも向けられることになる。
「おい、トッシー、てめっ、どうやってこいつを引っ張り出した。てめぇから説明しやがれ。事と次第によっちゃー
「よせ、銀時。トッシーが怯えているではないか」
見ればトッシーが蒼白な顔で二人を見ている。
このへたれオタクが!庇ってもらってんじゃねーよ。
それでも、桂の手を離していないのが忌々しすぎる。
「全て後だ、銀時。弁えてくれ!」
「後っていつだよ」
「……明日にでも」
「遅ぇ。今夜にしろ、今夜!」早口で命令する。桂が難色を示すと、「それともなぁに?今夜は朝までしっぽりってお約束ですか?」ねっとりとした口調で言うのが嫌らしく、鬱陶しい。
「わかった。今夜だ」
「絶対だかんな」
「くどい!」きっぱり言い返し、「ではまたな。おれたちはまだ行かねばならん所がある。そうだな、トッシー?」
「う、うん。でも……」
恐ろしいのか、トッシーは銀時の顔色を窺いながら答えあぐねている。
「遠慮はいらん。おまえが先約だ。で、どっちに向かう?」
ヅラ子に助け船を出されて、トッシーは恐る恐る「……北」とこたえ、ヅラ子に引っ張られるようにして歩き出した。
「忘れんなよ!今夜だかんな!」怒りを帯びた声が後ろから追いかけてくる。
どうにか銀時の姿が見えなくなるほど離れた頃になって、トッシーはさっきのカフェでヅラ子が浮かない顔をしていた原因に気づいた。いつからか、気づいていたのだろう彼の存在に。
「ヅラ子たん、坂田氏と喧嘩になるでござるか?」
「さぁな。おまえがそんなことを心配する必要はない」さらっと告げ「さて、そろそろ次の場所へとやらの道案内を頼まれてくれぬか?」ヅラ子は話の舳先を無理矢理違う方に向けた。
そんな風にはっきりこたえないヅラ子に、トッシーの不安は募る一方だ。
どうしよう……もし、ヅラ子たんが拙者のせいで坂田氏と喧嘩にでもなったら……。
土方にトッシーの記憶はなくとも、トッシーの方は違う。おぼろではあるが、土方としての記憶は残っているものもある。だから、知っていた。あの普段やる気のない男が、 事と次第によってはどれほど危険な存在になるかを。その対象がなにも自分や土方に限らず、時としてはこのヅラ子ー桂ーですら成り得ることを。
拙者のせいでもしヅラ子たんになにかあったら……どうしよう……どうすればいい……?
考えても、考えてもいい案など浮かばない。ひたすら自分の非力さを思い知らされ、トッシーは真っ暗闇の中立ち往生しているような孤独で不安な気持ちになっていった。


「遅ぇよ」
「どこまで気が短いのだ貴様は!まだ日は変わっておらんではないか。おれは約束は守る」
そろそろ日付が変わろうという頃、銀時との約束に従って万事屋に桂が現れた。桂は相変わらずヅラ子の扮装のままだ。つい今し方までトッシーと一緒だったのかと銀時は業腹だ。
一方の桂は桂で、うんざりした思いで銀時の前にいる。桂と銀時以外、ここには他の誰の気配もない。
道々、銀時と出くわした己の不運を呪いはしたが、それでも、いきなり二人連れを見てしまった銀時の 困惑や腹立ちはそれなりに理解していた。 自分よりトッシーを優先されたことでも、もともと傷つきやすい銀時のこと、かなり気に病んでいるだろうことも。 だが、あの場ではより傷つきやすいと思われるトッシーを優先せざるを得なかったのだ。その判断は正しかった、と桂は思っている。銀時となら後でいくらでも 話が出来る。ーそう思ってきたのだが……。あの少女を家から出しておく銀時の周到さには反感を覚えざるを得ない。
端からけんか腰か。受けて立つしかあるまい。
勧められるまま長椅子に腰を下ろすと、桂は銀時を真っ向から見つめ「で、なにが訊きたい?」ストレートに切り込んだ。
「全部だ、全部。なんでおめぇがあんな野郎とー」デート、という言葉を言いたくなくて、銀時は口を閉じた。
「あんな野郎ではない、トッシーだ」
「そんなこたぁどうでもいいんだよ、空気読め!いいからせいぜい好きなように説明してみるこった。おれが納得できるようにな」
「貴様が納得できるかどうかなど、おれは知らん。だが、今日のでぇとはトッシーへの礼だ」
「礼?」またしても桂の口からデートという言葉が出たことに若干怯みつつ、銀時は確認するように訊いた。銀時の知る限り、トッシーは誰かに礼をしなければならないような迷惑はかけこそすれ、 礼をされるような人間には見えない。その相手が桂というなら尚更。
「そうだ」でも、桂は重々しく頷く。「助けてもらったのだ」
「トッシーに?」さすがの銀時も驚いたようで、大声を出す。正確には”助けてくれようとした”だが、そこまで言わずとも、桂の話を聞けば判るはず。今は銀時を話に惹きつけることが大事だ。
「……一体全体、なにやらかしたんだ、ヅラ?」
「ヅラじゃない桂だ」機械的にかえし、人助けだったのだーと前置きをして、銀時に詳細を語りだした。
時折、”ヅラ子”だの”待合い”だのといった言葉に一々反応はしたものの、銀時にしては珍しくきちんと桂の話を聞いていた。ところが、土方の名が出たところで豹変した。
「土方に入れ替わっただぁ!?」
「トッシーは繊細なのだ。自分でも混乱するような出来事に直面すると、すぐに土方にちぇんじしてしまうのだ」
「だからって、おまっ、土方と待合いはねぇだろうが!」
「貴様、おれの話をちゃんと聞いておったのか!?待合いに来たときはトッシーだったのだ。ましてや示し合わせて一緒に入ったわけでもないわ!」
「どーだか!おめぇんとこに駆けつける前に土方に戻ってたんじゃねぇの?あのへたれにそんな度胸ねぇだろうによ」
桂の言う、一緒に入ったわけではないーはさっぱり無視し、銀時はあくまで土方に拘った。それも、トッシーを貶めるという形で。
「銀時!」そんな銀時に桂が怒声をあげた。それも銀時は気に入らない。
なんでそんな声まで上げて、あんな奴を庇うんだ。くそおもしろくもねぇ。


★簡易アンケ★
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