「墓のように残酷な」 4

おいおい、コスプレカフェの次がメイドカフェかよ。一体全体なにがしてぇんだ、おめぇらは!?

先導しているのはどう考えてもトッシーのはずなのに、なぜか桂に手を引かれるようにして歩く二人をつけて、銀時はここまで来た。 途中、銀時が胸が詰まるような切ないような気分になったのは、多分幼い日の桂のせい。なにしろ身に覚えがありすぎた。
遠い日。まだ先生もご存命で、桂とあの高杉と三人でじゃれ合いながら過ごした懐かしい日々。その二人以外とはなかなかうち解けず、自分からは 積極的に何かをしようなどとは思いも寄らなかったあの頃、いつも桂にああいう風に引っ張られながら歩いたものだ。手首をしっかりと握られ逃げられず、見た目を裏切る馬鹿力で あちこち連れ回される内、銀時はあの村に、そこに住まう子ども達に、そして大人達に徐々に慣らされていったのだった。
ヅラにとっちゃ、トッシーはガキの頃のおれ並ってことですか。
情けねぇ野郎ー嗤おうとして嗤えなかった。さすがの銀時だって、その桂の行為が銀時のためだけの”特別”だと知っていたから。確かに桂は根っからの世話焼きだったが、それでも銀時への構い方は かなり執拗だった。それが、なにかと周囲から敬遠されがちだった銀時にちょっとした優越感をもたらしてもくれていたわけでー。そう考えると、トッシーがかつての自分と同じ扱いをされているのには納得がいかない。トッシーと いう名前に目を眩まされてはいけない、あいつはあろうことか真選組の鬼の副長だってぇのによぉ。
くそっ、余計なこと思い出しちまうじゃねぇか。そんなオタクとっとと置いて早く出てきやがれ、ヅラ!
銀時の願いも虚しく、二人はなかなか店から出てこない。暇を持てあますとイライラもつのるし、禄でもないことを考える時間が出来てしまう。案の定、銀時も芋づる式に嫌なことを思い出している。
そういやあいつ、さっきトッシーのぶっさいくな帯、直してやってたよな。あれも身に覚えがあるある過ぎて泣けてくるんですけどぉ!
銀時は、あの戦の最中でさえも、桂の几帳面さと世話焼きっぷりが遺憾なく発揮されていたのを幾分かの苦々しさとともに思い起こした。
時として参謀の役目も担うことも多かった桂の毎日は多忙を極めていたというのに、その心配りは古参兵、新参兵の別なく隅々まで行き届いたものだった。 自然と、年若の者から頼られることも多くなる分、普段から仲の良かった 銀時や高杉が割を食わされることもしばしば。せっかく顔を合わせても口をきく暇もないことも度々で、そんな状態に限界を迎えた銀時は無い知恵を絞り出して一計を案じた。
出陣の際、わざと左右の脚絆の高さを違えておいたらどうだ?目ざとい桂は、どんな緊迫した空気の中でも必ずそれを見咎めるはず。
思った通り、「銀時、貴様脚絆の高さが違うではないか」言いながら側により、桂手ずから直されることが続いた。 桂に何度見咎められようと、「武士たる者、この程度のことに気がつかんようでどうする」と幾たびも叱られようとも、銀時は いつだって脚絆の高さを揃えなかったし、桂も自ら直すことを止めはしなかった。
高杉は呆れたように銀時を見ていたし、坂本には呵々大笑されたが、桂に憧れる者が多かった若輩たちからは怨嗟と羨望の入り交じった視線を集めて銀時は一人悦に入ったものだ。やはりここでも自分は桂の ”特別”だ、と。
ー今から思えば気の短いところのある桂が、よくキレなかったものだと感心する。自惚れかもしれないが、桂もその短い遣り取りを銀時と同じくらい大事に思っていてくれたのかもしれない。だとしたら、やはり トッシーの手を引いていたこと同様、帯を直してやったことが改めて腹立ちの種の一つになってしまう。 そうして、銀時はまた勝手にどんどん不機嫌になっていった。


「どうしたのヅラ子たん?メイドカフェはお気に召さなかったでござるか?」
一方、桂とトッシーは店の2階から張り出した見晴らしの良いテラス席に仲良く収まっていた。メイド喫茶に訪れるカップルも珍しくはないのか、彼女らのプロ根性がそうさせるのか、ここでもまた 二人を奇異な目で見る者はいなかった。なのに、席に着いてからというもの、ヅラ子がどこか浮かぬ顔なのだ。
「いや、そういうわけではない。気を遣わせて悪かったなトッシー」そう言い微笑んでみせるが、やはり力ない。
やっぱりデートコースにメイドカフェという選択はまずかったかもしれないでござる。予定より少し早いけれど、琴吹屋に向かうべきでござろうか?
トッシーは行きつけの店にヅラ子を連れて行き、馴染みの常連客に三次元の嫁をたっぷりと見せつけて自慢する心づもりだ。
そうだ、そうするでござる。
「あのね、ヅラ子たん……次は拙者の行きつけの店に行きたいでござる。琴吹屋といってー
「トッシー……すまぬ」珍しく話を遮ってヅラ子が頭を下げてきた。「あのな……」
なんだからしくもなく言いづらそうなので、トッシーは案じた。「なにか気に病むようなことでもあったでござるか?」
「そうではない。ただ、これからあるやもしれぬ」
トッシーはヅラ子の言うことが解らず、その綺麗な顔をまじまじと見つめるだけ。
「おれは貴様との約束は守る」ヅラ子もトッシーの目を真っ直ぐ見つめて言い切った。「なにかあったとしても、必ずその埋め合わせはする」
ヅラ子の整った顔に静かな闘志の様なものが浮かび、瞳の奥がひらめいたのが見て取れた。
勢いにのまれる形でトッシーが頷くと、ヅラ子はいかにも身軽に立ち上がり「では、その琴吹屋へと参ろうか」まだ戸惑っているトッシーに手をさしのべた。

「ここからちょっと遠いのでござるが……」
カフェを出て、琴吹屋へヅラ子をエスコートしようとするトッシーの横でヅラ子が小さく溜め息をついた。

「よぉ、こんなとこでなにやってんの、ヅラぁ?」
自身の記憶に追い詰められ、痺れを切らした銀時がわざとらしく二人の前に現れた。
「坂田氏ぃぃぃぃ!なんでぇぇぇぇぇ!?」
突然目の前に現れた馴染みの男にトッシーが叫ぶのと「でぇとだ、見てわからんか」ヅラ子が言い放ったのは、またしてもほぼ同時だった。

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