「墓のように残酷な」 12
ようよう抱くことが許された桂の白い素肌を、土方は苦しいほどの昂ぶりに耐えながら、じっと見つめた。
その裸身はあちこちに愛咬の痕を散らしながらも冷ややかなまでの輝きを沈め、土方を陶然とさせる。
あれほどまでに、そして、これほどまでに欲しているのに、土方はまだ一指も触れない。魅入られたように矯めつ眇めつ見つめるのみ。
最初こそ、見られているのを承知の上でそ知らぬふりを決め込んでいた桂だったが、数分が過ぎ、十数分が過ぎる頃には
咎めるような眼差しを向けてきた。けれど、食い入るような視線に抗いきれなかったらしく、ふいと横を向くと、固く目蓋を閉ざしてしまう。
端正な横顔からはなんの感情も読みとれなかったが、僅かに唇を噛んでいる。無遠慮な鑑賞にとうとういたたまれなくなったらしい。
「こっち向けよ」
つーと軽く頬を撫でると、びくりと肩を震わせ、射るような視線を寄越す。
「笑えーたぁ言わねぇが、睨むのはよせよ」
「……貴様が……」
「おれが、なんだって?」
「貴様が、あんまり……」
「らしくもねぇ。はっきり言えよ。じっと見られて恥ずかしいのか?」
「莫迦か。男同士でそんなわけあるか。気色が悪いだけだ」
横を向いたまま、そっけなくこたえるが、どこか拗ねているようにも見える。
「気色が悪いーはよかったな」
土方は、桂の幼い言い分に声を上げて笑い「傷に障るもんじゃねぇし、悪いが我慢してくれ。なんたって最初で最後だ。心ゆくまで拝ませろ」
「……勝手にしろ」
捨て鉢に言い捨てる様さえもが、好ましくてたまらない。
ああ、どうしてやろう……。
加虐の欲望の趣くまま、頤に手を添え正面を向かせると、狭い船内にこもる湿気の中に、あえかな脂粉の匂いが立ち上った。
土方は細い首筋に顔を埋めてその香りを存分に楽しむと、そのままやわやわと噛みながら、唇を、強ばる肩へと滑らせた。
あ。
二の腕から脇へと舌先を侵入された桂が、ついに堪えきれず声を上げた。
零れ出した喘ぎはごく控え目なものだったが、土方は滾るような興奮に一瞬のうちに包まれた。
たまらず、胸の尖りに手を伸ばした。時に揉みしだき、時にやわやわと撫でさすり、丹念にまさぐってやる。
「あっ、ああっ……、あ」
声が甘くとろけ出し、土方の手の動きにつれて身体が波打ちはじめ、頃よしと判断した土方は双臀のあわいをゆっくり押し広げた。
「やっ、やめろ!……嫌、だ」
菫色をした窄まりに土方が触れようとする気配を感じて身を起こすものの、あっけなく肩を沈められた桂が珍しく弱音を吐いた。
「どこか、痛むのか?」
意外だった。驚きに、手が止まる。
違う、と桂は首を振った。
「ただ、嫌なだけだ」
これまたらしくもなく、とんでもない隠し事を白状するかのように、どこかおずおずと言う。
「慣れてるんじゃねぇのか?」
「……痛めつけられるのなら構わない。苦痛には耐えられる。だから……」やはり、勇ましい言葉とは裏腹に歯切れが悪い。
「いきなり挿れちまえってことか?」
小さく頷く。そうだ、ということだろう。
無茶言うんじゃねぇ。だいたいそんなことすりゃ痛いだろうによーと言いかけて気付いた。
桂は、悦楽を与えられることをこそ嫌がっているのではないか。嫌、というよりはむしろ恐れ、そんな自分に屈辱を感じているのでは?
そんなこと死んでも認めようとはしないだろうが、朱に染まった耳朶を見る限り見立てに狂いはないらしい。
確かに、自分なら耐えられないと土方も思う。が、今更止められるわけもなく、ならばいっそ希望に添ってやるべきかと思えども、桂に特別そういう性癖があるわけではなさそうで。それならばーと
逡巡している間に、言うことを聞いてあげてーという声がした。身の裡からだ。トッシー、なのだろう。
今頃出てきて勝手なこと言うんじゃねぇ、黙ってろ!
横やりを入れられて、土方は即行で心を固めた。
「悪いが、おれには無理だ。惚れた相手にそんなことは出来ねぇ。ここは一つ諦めてくれ」
驚いたような気配が伝わってきたが、否やを言わせる隙を与えないためキレイに無視し、土方は侵入を再開した。
「やめっ、ぃああっ!莫迦者!」
むろん、止めない。莫迦者大いに結構。
酷いよ、土方氏!ヅラ子たん嫌がってるのに!!
外から、裡から責められる。
額面通り受け取ってどうするよ。嫌よ嫌よも好きのうちーってな。機微の解らねぇオタク野郎は引っ込んでやがれ!
羞恥を覚えさせる余裕など奪ってしまえばいい。なにも考えるな。ただ、全身全霊でおれを感じてりゃいいんだ、桂!
土方もまた全身全霊で桂を感じようと、未だ何か言いつのるトッシーの声にはきっぱりと耳を塞いだ。
「んんっ…んっ」
嬌声か、それとも呻きか。
襞をまさぐられ黒髪を激しく振り立てて嫌がっていた桂も、唾液を塗した指を極限まで咥え込まされるに至っては諦めがついたらしい。
今は、意志を裏切り零れ出そうとする声をなんとか堪えようとしてか、唇をきつく噛みしめて耐えているだけ。
「よせよ、血が滲んでるじゃねぇか」
苦い唇をこじ開けさせた奥にある蕩けそうに甘い舌を思いのままにもてあそびながら、指を曲げるように肉壁を掻きまさぐれば、痛いほどに指を締めつけてくる。
「あ……あ…、あっ、ああっ」
幾度か抽送を繰り返す内に待ち望んでいた声がかぼそくのけぞった喉元からまろび始め、土方はそんな柔らかな悶えを耳と目で存分に楽しんでいたのだがー
「あ、貴様っ……しつこいっ、ぞ!」
叱られた。
睨まれてもいるらしいが、紅く染まった目の縁が艶めかし過ぎてむしろー
ヅラ子たん可愛いでござる!ツンデレ萌え〜。
てめぇは黙ってろ!今度邪魔したら絶対殺す!
それは無理だよ土方氏……。
それでも、怖々とそう呟いたのを最後に、トッシーはまた土方の奥底に閉じこもった。
もう二度と出てくるんじゃねぇぞ。
桂ーヅラ子にバレたら激怒されること間違いなしの冷酷さでもう一人の自分を切り捨て、土方は、逸る想いを揉み込むようにゆっくりと桂の中へと入っていった。
「はっ……あ、ああ……」
切なげに洩らされる吐息に息が詰まるほどの高揚の中、土方は肉を出来るだけ深く、深く繋がらせていく。
情事の名残を未だ留める素肌は今やしっとりと汗に濡れ、更に扇情的な風情を帯びはじめ、土方は自制を忘れ、狂ったように秘壁を抉った。
「あっ、は、ぅっ……あぁああっ!」
桂から悲鳴のような嬌声が上げると、その熱い裡は土方を捩じり、貪欲に吸い込もうと締めつけてきた。あまりの心地よさに、土方は白熱した痛みにも近い快感に総毛立つ思いだ。
「かっ、つら!」
熱に浮かされるように名を呼べど、ヅラ子だーと訂正の言葉はもう返らない。痛められた身体への気遣いを、欲望に呑み込まれていつの間にかきれいに消し去ってしまった土方の腰が、幾度となく桂の腰に激しく打ちつけられる度、切なく啼くのみ。
「んぁあっ!」
執拗に追い詰められ、桂は激しく乱れていく。
たまらねぇ。
身体を強張らせて激しく悶える肢体の妖艶さに、土方が先に限界を迎えた。
「桂、桂!桂!」
熱に浮かされたように繰り返し名を呼びながら、ありったけの欲望を余すことなく愛しい者に注ぎ込んだ。
「あっ!……やっ、あっ……あああっつ……!」
狭い舟の中に谺した切なげな啼き声は、土方の耳に甘やかな残響を残して霧散した。
火照りの残る身体をちいさく震わせ続けながらとろり、と惚けている桂の額に張り付いた絹糸を払ってやる。
「まだ、だ。まだ全然足りてねぇ……」
土方は桂を掻き抱いたまま、訴える。縋るように、強請るように。
もっとあんたが欲しい。もっと感じさせてくれ。もっと、もっとだ。
聞いているのかいないのかー桂から積極的な拒絶の言葉がないのをよいことに土方は再び身体を重ね、
何かを応えようと開かれたかもしれない紅唇に気付かないふりで、塞ぐように深く奪った。
―――ぅ、んっ。
……ん、あ、っ、ああっ、あ……
二人分の忙しない息づかいが、弱く暗い光の中で煌めく埃をいつまでも舞い躍らせ続けている。
雨はいつの間にか止んだらしい。
また、夜が来る。
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